第33話 ライ

 ママが来たので、その日はそこで川口先輩と別れた。

 前田麻奈。いつも笑顔で話しかけてくれて、私と一緒に悩んでくれる。お人よしで真面目で、でもすごくいい子だと思う。そんな前田が、まさか……。

 それから私は学校へ行くのが怖くなった。誰も信じられなくなったからだ。

 もともと、私はここに転校してくる前まで誰も信じてなんていなかった。自分より下の立場の人間は見下し、上の立場の人間は見下してきた。でも、ここにきて変わった。誰かを信じることができて、友達ができた。そんな気がした。

 気がしただけだ。

 結局、誰かを信じるか信じないかは自分次第で、他人が自分をどう思っているかは絶対に分からない。


 11月が来て、私は冬服をおろした。今年の冬は冷え込む。テレビのなかで気象予報士がほざいていた。私はテレビを信じて着こむけど、気象予報士は私のことなんて知るわけがない。予想が外れて、今日が暑い一日になったとしても責任はとってくれない。そんなことを考えて、学校へ行く。

 私、前田、長谷部、円藤。相変わらず四人だけのクラスだ。円藤は孤立気味で、私たち三人は割と仲良し。まあ「表向き」は、だけど……。

「今度の日曜、北義千きたぎせんに新しいお店がオープンするんだけど、一緒に行かない?」

 昼休みに前田が切り出した。北義千きたぎせんは地名で、街の外れにある。

「何のお店?」

 私がそう尋ねると、前田はすぐに答えた。

「イタリアン、かな」

「イタリアンかあ。いいよ」

 私はそう返事した。前田は長谷部とは休みの日はよくランチを食べにいくことが多い。

「ごめん、今度の日曜日はちょっと予定が……」

 長谷部が申し訳なさそうに言う。すると前田がさらっとこう言った。

「そっか。なら残念だけど二人だけで行こっか」

 おかしい。私は思った。いつもの前田なら、

「じゃあ三人で行けるときがいいから、今回はなしで」

と言うはずだ。

 この日曜日、前田は私と二人きりになる。何かある。前田は何かを企んでいる。そんな気がして、私はポケットに手を突っ込み、スタンガンをさすった。


 日曜日、私たちは北義千きたぎせんへ向かった。新しく出来たお店は山際にある、おしゃれなレストランだった。でも値段はリーズナブルで、お嬢様学校とはいえ、中学生の私たちが入るにも抵抗がない。

 私たちは店に入り、料理を頼んだ。

「ここカルボナーラがあるんだ!」

 前田がメニューをみて、さっそく叫ぶ。カルボナーラ。なにか最近流行っているパスタだ。

 せっかくだから二人でカルボナーラを頼んだ。お客さんでお店は溢れていたが、知り合いは誰もいない。刑事さんらしい人影も見当たらなかった。

 とにかく実質、前田と二人きりになった。話を切り出すチャンスは今しかない。

「会ったよ」

 私がそう言うと、前田がとぼけた顔をした。

「えっ、誰と?」

 仕掛けてやる。

「向日さんと」

「向日さん?」

「うん。正確には、だけど」

「……ごめん。どういうこと?」

「とぼけないで。全部わかってる。川口先輩を向日葵という架空の人物に仕立てたことも、柳沢亜由美とつながりがあったことも、全部わかってる」

「なに? 恵果ちゃん、どうしたの?」

「川口先輩から全部聞いた。バスケ部にも山蕗高校にも、向日葵なんて生徒はいなかったって。向日葵の経歴って全部川口先輩の経歴でしょ?」

「……恵果ちゃん、それ誰から聞いたの?」

「だから川口先輩だって」

「向日葵だよね」

「えっ」

 前田の口調が早口で、今までにないくらい冷たくなる。

「向日葵。先生とキスをして部活をやめた人だよ。都合のいいように話を作り変えるに決まっているじゃん。名前も誤魔化したんだよ」

 私は口ごもる。前田が畳みかける。

「私より、そんな女の言うことを信じるの?」

 前田は笑った。しかしどこか違和感がある。

「……そうじゃないけど」

 確かに前田の言うことも一理ある気がした。見ず知らずの川口先輩よりも、半年以上一緒に過ごしてきた前田の方が信じるに値する。川口先輩が向日葵ではないという確証もない。

 ただ、岡崎が亡くなる寸前にした話が気にかかった。

「こちらがカルボナーラになります」

 上品なウエイトレスがカルボナーラを運んできた。私たちの前にはカルボナーラが置かれ、ウエイトレスは去った。

「うわっ、美味しそうだね」

 話の途中だったが、前田は人が変わったようにそう言った。

「う、うん。そうだね」

「いただきます」

 前田は嬉しそうに手を合わせる。私もとりあえずカルボナーラを食べることにした。

「これがカルボナーラ……」

 見た目もパスタに見えずインパクトがあったが、味も濃厚でさらにインパクトがあった。

「美味しいね、恵果ちゃん」

 前田は頷き、笑った。違和感がない。しかしさっきの前田の笑いは違和感があった。目が笑ってなかったのだ。前田はいつも、穏やかに笑う。それは目が笑っているからだ。それがさっきは……。

 まさか前田が、前田麻奈が。この一連の不審死の犯人。そんな気がとてもして、気づくとフォークを持つ手が震えていた。前田はそれに触れずに、

「ねえ、恵果ちゃん。このあと空いてる?」

と言った。

「え、なんで?」

「ちょっと寄りたい場所があるんだ」

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