第32話 アンブレラ
不安は現実のものとなった。
羽生刑事は、
「わかりました。すぐに手配します」
と言ったのだが、その夜、私は襲われた。
その女は私が家に入る前に、家の門の前を横切った。手にはカッターが握られている。
「誰?!」
私が叫ぶと、女は暗闇の中へと走り去っていった。私はすぐさま家に入り、鍵をかけ、
「ふぅ……」
と胸を撫でおろした。
ついに私が狙われた。このことを警察に言うと、まだその日は警備ができていなかったと謝られた。私の命がかかっているのに、何その扱い。私は呆れた。
もう警察は頼りにならない。そう思って、私は武装することにした。スタンガンと小型ナイフを持ち歩くことにきめ、小さな袋にいれて、制服の右ポケットに隠した。これならすぐに取り出せそうだ。
やがて11月に入った雨の日、私は出張帰りのママを迎えに駅まで出かけた。改札の前の時計台で、傘をさしなながらママを待っている。帰宅ラッシュ時で、改札からはたくさんの人が出てきていた。高校生やサラリーマン、それに私服の人たちだ。制服なのか私服なのかわからない、おしゃれな今風の制服もあった。
制服の女子中学生が横を抜けていく。私はどうしても身構えてしまう。私を殺しにくる気がするからだ。そんな中、改札から見覚えのある制服が現れた。山蕗高校だ。
私は西川先輩を思い出し、思わず目を背けかけたが、彼女の顔を見て目を戻した。見覚えのある涙黒子。私はハッとした。向日葵、すなわち川口彩奈だった。
私は思い切って声をかける。
「向日先輩!」
しかし何も気づかずに、歩き去ろうとする。やっぱりそうだ。
「川口先輩!」
「え? 誰?」
先輩は私に気づいた。これではっきりした。岡崎が正しくて、前田は嘘つきだ。
「西川先輩の後輩で、岡崎葉月の友達の本田恵果と言います」
「例の事件があった中学の子?」
「はい、実は川口先輩に聞きたいことがあって」
「何?」
「先輩の同級生で、向日葵って名前の人、いますか?」
うちの学校はただでさえ少人数だ。それに向日葵なんて特徴的な名前を憶えていないわけがない。
「向日葵? 同学年全員把握しているけど、そんな名前の子はいないわ」
川口先輩ははっきりと言った。前田の疑惑は確証へと変わった。
「じゃあ、前田麻奈って知ってますか?」
「前田さん? ああ、あの子ね。真面目ちゃんでしょ」
「ご存知なんですか?」
「うん、バスケ部の後輩だもん」
内田がバスケ部だということは知っていたが、前田もバスケ部に入っていたなんて初耳だった。
「え? そんなこと私一度も……」
「言う訳ないわよね。だってあの子、二年の途中で辞めちゃったんですもの」
「どうして前田さんはバスケ部を辞めちゃったんですか?」
私は興味本位で尋ねた。
「私もよく知らないんだけど、クラスでいじめられている子がいて、その子を助けることに力をいれるために部活を辞めたみたい。まあ結局、そのいじめられた子、自殺しちゃったんだけどね」
柳沢亜由美のことだ。前田は柳沢亜由美を助けようとしていた?
「そんなことをして、前田さんまでいじめに遭わなかったんですか?」
「それがね、これも聞いた話なんだけど、どうやら前田さんはクラスでは他の子と同じようにその子をいじめていたらしいの。無視したり、物を隠したりしてね。でも他のクラスメイトが見ていないところで、その子と仲良くなって裏では助けていたらしいわ」
前田麻奈と柳沢亜由美がつながった。いじめや日記の話を前田から聞いたとき、前田は柳沢亜由美を助けようとしていたとは一言も言わなかった。しかも「自分たちはいじめを行った復讐されるべきクラスメイト」などと言っていた。
ただ前田が柳沢亜由美を助けようとしていたのなら、柳沢が復讐する相手として前田の名前を日記に書くのは不可解だ。
とはいえ、前田が柳沢との関係を隠していたのは紛れもない事実だった。向日葵という偽の先輩を作り上げたのも前田だ。そもそも向日葵って、どうして出てきたんだっけ? 記憶をたどり、私はたどり着く。
岡崎の元に届けられた、私が黒幕だという手紙の差出人。それが向日葵だった。
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