第30話 ダイイングメッセージ

 残りの夏休みは誰からの連絡もなく、新学期を迎えてから岡崎が行方不明になっていることを知った。クラスのみんなも岡崎が消えたことに驚きを隠せないようだった。

 日記通りに殺されたのだろうか。燃やされて、山に捨てられたとしたら、遺体が見つかるまで時間がかかるかもしれない。真相はわからないが、岡崎葉月はちょうど新学期がはじまる三日前に突如として消えた。このクラスのなかに犯人がいるかもしれないという、意味深な告白だけを残して。

「葉月ちゃん、心配だね」

 前田が話しかけてきた。

「うん」

 どう見ても前田は殺人犯には見えない。でも岡崎の告白が頭をよぎる。もしや、告白したせいで消されたのかも。そんなことまで考えてしまう。

 一か八か、思い切って聞いてみることにした。前田を疑うことなんてできない。だからこそ、聞かなくては。とりあえず、向日葵のことだ。

「そう言えば、向日さんって見つかったの?」

「まだ西川先輩からの連絡はないよ」

「……そうなんだ」

 岡崎か前田、これでどちらかが嘘をついていることがはっきりした。岡崎は川口先輩に西川先輩のことも話しているはずだ。そうなると何らかのコンタクトが西川先輩と川口先輩の間にあったはず。それでも連絡がこないなんておかしい。真実は西川先輩に会って確かめるしかない。


 学校が終わって家に帰ったあと、西川先輩に電話してみた。

「……もしもし?」

『はい?』

「西川先輩ですか? 本田です」

『本田? ……ああ、原口先生の教え子の。久しぶりね、何かあった?』

 私は核心へと迫る。

「向日さんって見つかりましたか?」

『あ、ごめん。大会が忙しくて、なかなか向日さんには会えなくて』

 西川先輩はまだ向日葵とは接触していないようだった。前田が連絡がこないと言ったのは、とりあえず正しい。

『一応、バスケ部の後輩たちには聞いたんだけどね。不思議なことに、みんなわからないって』

 岡崎の話も確かめてみる。

「あの、先輩。川口彩奈さんって知っていますか?」

『川口彩奈? うちの学校の子?』

「はい。今度、後輩の方にも聞いてみてください」

『なんで?』

 正直に話すかどうか、私は迷う。

「実は昨日……」

 でも話すことに決めた。岡崎が向日葵に会ったこと。岡崎によると、向日葵と私たちが思っていた人は川口彩奈だったこと。岡崎が行方不明なこと。私は西川先輩に話した。ただ、前田が怪しいということは言わなかった。

 すると西川先輩は何かを思い出したように、

『あ!』

と漏らした。

『思い出した! あの涙黒子がある子、向日さんじゃない! 川口さんよ!』

 電話越しに大きな声で言う。

『なんで向日さんと勘違いしたんだろう……』

 やっぱりそうだった。向日葵は川口彩奈だった。だとすると前田はなぜ嘘をついたのか?

『確かに全く違う人物を探していたのなら、下宿先が見つからなくても納得がいくわね』

 西川先輩はそう続けた。

『とりあえず明日、川口さんのことを後輩に……ピンポーン、ピンポーン』

 電話の向こうで、ドアベルが鳴った。

『ピンポーン……あ、ごめん。ちょっと待ってて』

 西川先輩はそう言うと、電話越しに玄関へと向かう。

『ピンポーンピンポーンピンポーン……はい、はーい!……』

 ドアベルがうるさく鳴る。

『はーい?……えっ、何ちょっと! きゃあああああ!』

 西川先輩の悲鳴。

「え? 先輩、西川先輩?!」

 私は受話器を強く握る。

「西川先輩! 大丈夫ですか?!」

『……やめて! 警察呼ぶわよ!』

 西川先輩が緊迫した声で言う。

『……聞きなさいよ! やめて! やめっ、いやあああああ!』

「西川先輩!」

 私は警察を呼ぼうとしたが、電話がつながったままなことに気づいた。

『本田ちゃん! 助けて!』

 電話越しに泣き声にも似た西川先輩の悲鳴が響く。私は電話をつないだままにする。

「先輩、何があったんですか?!」

『包丁で刺されてる……やめて!……中学の制服を着ている黒髪の女の子に、包丁で刺されてる!……血まみれの制服!……髪で顔がみえない……やめて、もう許して……殺さないで……』

「……先輩?」

『……』

 その声を境に、聞こえるのはノイズだけになった。私は恐怖におののき、電話を切ろうとした。その矢先、電話の向こうのがノイズまみれの声で言った。

『……アナタ モ コウナルノヨ……』

「いやあああああ!」

 私は叫んだ。嘘だ! きっと前田が。そうよ、前田が西川先輩を殺したんだわ。ちゃんと犯人がいる。柳沢亜由美なんていない。

 気づくと私は家を飛び出て、前田の家へと向かっていた。西川先輩は山蕗で殺された。今、前田が家にいなければ前田が犯人ということになる。前田の家へと走り、すぐにドアベルを鳴らす。

「あら、恵果ちゃん。久しぶり」

 海でお世話になった前田のお母さんが出てくる。

「麻奈ちゃん、いますか?」

「いるわよ。ちょっと待ってて」

 前田のお母さんはそう言って、前田を呼びに行った。期待は外れたが、少し嬉しかった。前田が犯人なわけない。最初は苦手だったけど、今は一番仲がいいクラスメイトだ。お人よしで、自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとする。そんな前田が人を殺すわけがない。

「恵果ちゃんどうしたの?」

 驚いた顔で前田が出てくる。

「麻奈ちゃん!」

 私は安堵を噛みしめてそう言うと、

「西川先輩が大変なの! すぐに警察を呼んで!」

と叫んだ。


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