第29話 コンフェッション

 内田のお通夜は悲しい雨になった。今までに亡くなった人の通夜や葬式と違って、私は人目もはばからずに無様に泣いた。

 今にも笑いだしそうな内田の遺影と、号泣しながら内田の両親に頭を下げる前田のお母さんの姿が腫れた目に焼き付いた。それ以外のことは、大泣きしすぎて覚えていない。

 泣いた私を、前田や長谷部が、ママが泣きながら慰めてくれた。抱きしめてもくれた。

 円藤は涙も枯れたのか、ずっとぽかんとしていた。大切な友達の死で幕を開けた夏休みは、しばらくの間空っぽで、ただ毎日をやり過ごすだけのような生活だった。


 私たちは内田のお葬式以来、会うことはなかった。夏休みだから、特別に予定を組まない限り会うことはない。そして誰からも連絡はなかった。みんな怖くなったのかもしれない。

 内田のあれは完全に事故だ。だからこそ、存在しないものへの畏怖を抱いたのだろう。やはり呪いもあるんじゃないか。

 そんな夏休みのある日、岡崎が私の家に尋ねてきた。

「久しぶり。今、いい?」

「うん、久しぶり。いいよ」

 昼過ぎの時間だった。私は快く岡崎を家に入れる。パパは仕事で、ママは買い物に出ていた。留守番は私だ。

 岡崎をリビングで待たせて、私はキッチンでママ手作りの麦茶をグラスに入れると、カントリーマアムを袋ごとリビングに持っていった。

「わざわざ、ありがと」

 麦茶とカントリーマアムをテーブルに置いて、私もソファーに腰掛ける。

「なかなか素敵なリビングだね」

 珍しく褒める岡崎。

「そうかな、ありがとう」

 岡崎はお世辞を言わない子だ。だから素直に嬉しい。

 麦茶を一口飲むと、岡崎は本題に入った。

「あれから向日さんを見つけられた?」

 そう言えばすっかり忘れていた。見つけようともしていない。

「ううん」

と私は首を横に振る。

「そうね。見つかるわけないもの。うち、昨日向日さんに会った」

「えっ?」

 岡崎の矛盾した告白に、私は驚く。

「昨日、傘を忘れたお父さんを駅まで迎えに行ったんだ。うちが改札で待っていると、向日さんが現れた。山蕗高校の制服を着た、涙黒子が特徴的な女子高生。見た瞬間、間違いないと思った。うちは向日さんを呼び止めて話を聞こうとした。でも……」

 岡崎はそこで一度、話をためる。

「その人は向日さんじゃなかった」

「え? どういうこと?」

「正確には向日葵ではなく、川口彩奈かわぐちあやなという名前だった」

 ますます訳がわからない。

「ただの人違いだったってこと?」

「ううん、違う。は、本当は川口先輩だったってこと。バスケ部で、川島先生とキスをしている写真を撮られた、一個上で唯一、山蕗高校へ進学した先輩。その先輩のことを、うちらは向日葵という名前だと思い込んでいた。昨日、全部川口先輩に聞いた。バスケ部だったこと。途中でやめてしまったこと。そして川島先生と付き合っていたこと」

「でも西川先輩は向日さんに見覚えがあるって」

「おかしくない? 向日葵なんて特徴的な名前なのに、顔は覚えていて名前は覚えていないだなんて。おそらく西川先輩は川口先輩のことを向日葵という名前の人だと勘違いしていた」

 岡崎の推理は鋭かった。でもそうなると原口先生はどうして向日葵が見つかったなんて嘘をついたのだろう。

「じゃあどうして原口先生は嘘をついたの?」

「それはまだわからないけど……」

「けど?」

 岡崎はしばらく黙る。

「この話、前田さんには言わないでほしい」

 前田?

「え? なんで?」

「向日葵の話、誰からはじめに聞いた?」

「え……。麻奈ちゃん、かな……」

 私ははっとして、はじめて向日葵の話を聞いた時のことを思い出す。

 曖昧でよく思い出せないけど、確か……。


☆☆☆


「確か名前は……」

「ムコウ アオイ」

 前田が疑惑の生徒のフルネームを言った。


☆☆☆

 

 そうだ。前田が向日葵と言いだしたのだ。

「あと一応、長谷部さんと円藤さんにも。うちは本田さんを信用してる。だから言う、その三人には言わないでほしい」

「なんで?」

 円藤やともかく、前田や長谷部まで容疑者扱いするなんて。

「この不審死、うちのクラスの誰かがやっているとしか思えない」

 岡崎の衝撃的な告白に、私はキュッと胸が締め付けられる。

「え?」

 この悲惨な殺戮を女子中学生が一人でやっているとでもいうのか。気弱な長谷部や車いすの円藤がそんなことをやるとは思えない。あのお人よしの前田ならなおさらだ。

「待って、さすがにそれはないよ」

「まあ、信じられないよね。うちも信じられない。ただ、もしそうだとしても不思議じゃないなって思って」

 岡崎は麦茶を飲む。

「たしかにあの子たちはそんなことする子ではないのは分かってる。でも、柳沢亜由美が乗り移っているのなら話は別……」

「葉月ちゃんなに言ってるの! 犯人は実在するって結論になったじゃない!」

 つい声が大きくなった。

「……分かってる。分かってるよ。でもそうでもしなきゃ、友達を疑えない」

 岡崎は泣きそうな声で言う。

「ごめん。疑って辛い思いをするのはうちだけでいいよね……」

 岡崎はそう言って、麦茶を飲み干した。

「それが言いたかっただけ。じゃあまた、学校で」

「あ、うん……」

 私は岡崎を玄関まで見送る。それが岡崎を見た最後になった。

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