第27話 ポーカーフェイス

 私は黙って円藤の隣に座った。しばらく沈黙が続く。私はずっと砂を見ていたし、円藤はずっと前を見ていた。

「なんか、ごめん」

 円藤との間にある沈黙に、私は仕掛けてみた。

「なにが?」

「海、楽しくないでしょ?」

 言ったあとで、嫌がらせみたいだなと私は思った。別に円藤に言うならいいか。

「別に気を使わなくていいんだけど。私が自分の意志で来たんだし。それに……」

 そこで円藤ははじめて私の方を向く。

「楽しいから」

 強がりには聞こえなかった。私は何も言い返せなくて、少し黙る。円藤は続けた。

「こんな遠くまで来れて、知らない景色をたくさん見て、私は幸せ。自転車も乗れないし、車や電車だって一人じゃ乗れないから。だから私は、ここまで来れただけで、幸せ」

 今度はなぜか嘘くさく聞こえた。私の方を向かなかったからだろうか。私はまた言い返せない。でも何か言わないと沈黙が降りてしまう。

「……泳ぎたいんでしょ?」

 考えに考えて出た言葉が、それだった。私をちらっと見て、円藤は鼻で笑う。

「別にあなたたちとは泳ぎたくない」

 知ってる。

「うっちーとも?」

の中に入っていない」

「ごめん……」

 私は沈黙から逃げるように、

「うっちーとはいつ頃からの付き合いなの?」

と尋ねる。

「……幼稚園」

「長いんだね」

 前を向いたまま、私たちは会話を続ける。

「なに? それがどうかした?」

 嫌味そうな横顔が見えた。

「えっ、ううん、別に。ただ、いつも仲良しだから気になっただけ」

 円藤の返事は沈黙だった。しばらくして、彼女は口を開く。

あずさは……みんなに優しいだけ」

 あずさ内田梓うちだあずさ。それが内田のフルネームだ。「うっちー」ではなく梓。円藤はそう呼んだ。

「ずっと昔から、幼稚園のときからそうだった。いろいろあって、友達がいなかった私に、はじめて友達になってくれたのも梓だった」

 私は円藤の視線がずっと内田を追っていたことに気づいた。前を向いたままだったのもそのためだったのだ。

「それ以来ずっと、いつも一緒にいた。ねえ、本田さん。梓って、いい子でしょ?」

 私を見ることなく、円藤は言う。

「うん」

「私は梓が好き」

 その言い方が照れ混じりで、「like」ではなく「love」の意味だと私は察する。

「……わかってた」

「わかってたか。ポーカーフェイスには自信があったんだけどな」

 円藤の虚ろな声が、砂浜に響く。

「顔は無表情でも、行動でわかる」

「共学から来た本田さんには分からないかもしれないけど、女子校、少なくともうちらの学校ではよくあることよ」

 円藤は私を見ないまま、そう言ってみせる。話には聞いていたけれど、まさか本当にあるなんて。

「梓は理想の女の子。でも梓は私のことを、ただの友達としか思っていないみたい。大人になるたびに、梓は私の近くから離れていく。あなたたちみたいな私以外の友達ができて、彼氏ができて、きっと男の人と結婚する。そんな梓の未来に、私はいない……」

 悲しげな余韻を残して、円藤は黙る。

「将来のことは知らないけど、今のクラスでもっとうっちーと一緒にいたいなら、意地を張らずに素直になればいいのに。うっちーだってクラスのみんなが仲良しなのが理想って思っているよ」

 ちょっと意地悪だけど、円藤にはこれくらいがちょうどいい。円藤はまた少し黙る。そして、

「別にあなたのことが嫌いなわけじゃない」

と口を開く。

「あなたの側にいる二人が苦手なのよ」

 私の方を向いて、円藤は言った。

「二人?」

 長谷部と前田のこと? その質問に円藤は答えない。

「ねえ、円藤さん?」

「めんどい……」

「え?」

「その話を説明するのが、めんどい」

 円藤はあっけなくそう返した。そうしてまた内田を見つめる。

「めんどいって、なんで?」

 そう聞いても答えは返ってこない。私は何も言えなくて、口を開いたまま黙り込んだ。乾いたのどに潮風が打ち付ける。

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