第26話 ビーチ

 府海ふかいの町中から離れ、しばらく進むと人や車が少なくなった。海岸沿いの道は、右側が山、左側が海だ。トンネルを抜けて、橋を渡る。時々、漁村が車窓を流れていく。そんな景色を何度か繰り返した。

 そうして静かな入り江に出た。そこには小さな砂浜が広がっていた。一応、小さい海水浴場のためか二組ほど泳いでいた。

「ここなんかはどう?」

 前田のお母さんが言った。

「いいと思います」

 私たちはうなずく。

 バネットを近くの駐車場に停め、水着に着替える。私はすでに水着を中に着ていたので、あとは脱ぐだけだった。

 前田のお母さんがバネットのトランクから、レジャーシートとビーチパラソルを出してくれた。

「じゃあ、行きましょうか」

「うみーっ!!」

 元気よく内田が砂浜に駆けていく。

「うっちー待って!」

 私はそれを追いかける。砂浜を走り抜け、勢いよく海に飛び込む前田。私をそれに続いた。

「気持ちいいー!」

 隣で内田の声がする。すでに私も海の中だ。まだ慣れていないため冷たい海水が、懐かしい気持ちにさせる。久々に潮風を浴びた。

 砂浜を見ると、岡崎が波打ち際で立っていて、前田と長谷部は準備体操をしている。円藤は前田のお母さんと一緒に砂浜まできたところだ。

「ちゃんと体操しないと危ないよ!」

 長谷部が私たちに向かって言う。

「はいはーい!」

 内田は少しめんどくさそうだったが、私たちは一度、海からあがり体操を済ませた。

「じゃあ、泳ぎますか!」

 内田の元気なその声で、私たちは再び海に飛び込んだ。今度は岡崎と前田、長谷部も海に引き入れる。

「そーれっ!」

 私はみんなに水をかける。そうして逆に水をかけられる。照り出した太陽が水面に反射して綺麗だ。水に浸った私の顔も照らし出す。

 そうして少しの間、私たちは海になった。波に流され、風に従った。そんな時間はあっという間に過ぎていく。私たちは海に夢中だった。しかしそんな私たちを円藤が正気に戻させた。

 ふと砂浜を見ると、ビーチパラソルの下でレジャーシートに座る円藤と前田のお母さんが見えた。私たちの方なのか、大海原なのかはわからないが、ずっと前を見ている。そんな彼女を見ていると、私は妙な気持ちになった。確かに円藤は好きではないし、泳げないのについてきたのも彼女自身の判断だ。でも何故か、このままにしておくのは嫌だった。

「疲れたから、少し休んでくる」

 私はそう言って、浜にあがった。

「あらあら、どうしたの?」

 私を見るなり、前田のお母さんが聞いた。

「ちょっと疲れたので、休みにきました」

「そう。海、気持ちいい?」

「はい!」

 私は円藤を気にせず、笑顔で答えた。別に罪悪感はない。

「おばさんも泳いできていいかな?」

 私と円藤、二人に話しかけたような感じだ。

「私のことは全然気にしないでください」

 私より先に円藤が言った。

「ごめんね。じゃあ行ってきます!」

 そういうと一目散に海に駆けていった。前田のお母さんは本当にアウトドアが好きなんだな、と私は思った。娘の前田にはちっとも似ていない。

 そして気が付くと、円藤と二人きりになっていた。でも嫌ではない。こうなると分かってきたようなものだ。

「隣、座ってもいいよ」

 冷たく円藤が言った。その視線は相変わらず前を向いている。

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