第25話 トリップ
次の月曜日、私たちは集まった。以前、山蕗市へ行ったときと違うのは、今が朝の6時だということ、集合場所が前田の家であること、そして長谷部と円藤が来ていたことだった。
長谷部はいいが、円藤は……。絶対に来ないと思ったのに。私たちが家の前で待っていると、円藤は内田と一緒に現れた。
「おはよう!」
内田は元気よく挨拶する。
「おはよう、うっちー」
私はそう返す。円藤は黙ったままだ。すると、
「円藤さん、おはよう!」
と前田が率先して声をかけた。
「……お、おはよう」
円藤は小さく返答した。前田はいくら円藤でも困っている人をみると放っておけないのだろう。お節介というか、お人よしというか。私は前田をみてつくづく思う。
「あら、みんなはじめまして。前田麻奈の母です」
前田のお母さんはそう言い、にっこりと笑った。内田とはどうやら面識があるらしい。
「ひさしぶりです! よろしくおねがいします!」
「よろしくお願いします」
私はそう言って頭をさげた。長谷部と岡崎はまだ来ていない。
「こちらこそ、今日はよろしくお願いします」
円藤は手を太ももの上で重ね、丁寧に頭をさげた。すらりと伸びた背筋と、車椅子にかけながらさげる頭が、とても上品にみえる。中身は下品な女なのに。すると円藤と目が合った。
「円藤さん、今日はよろしくね」
建前でも本音でもあるが、私はそう言った。
「こちらこそ、本田恵果さん」
しばらくして長谷部と岡崎も現れた。長谷部は円藤がいたことに驚いたが、岡崎はそうでもないらしかった。
全員揃ったことを確認すると、前田のお母さんが車庫から日産の白いバネットを出してくれた。
「すごいですね、こんな車」
私はバネットをみて、つい声がでる。
「アウトドア好きだから、よく行くの」
前田のお母さんは気さくな人だった。ペイズリー柄のバンダナを頭に巻き、白いタンクトップにジーパン。髪にはパーマがかかっていた。
「さあ、乗って!」
そのだみ声やワイルドな運転姿とは裏腹に、気遣いができる大人の女性だった。この遺伝子が前田にも受け継がれているのか。私は荷物を詰め込みながら、そう考えた。
「じゃあ、しゅっぱーつ!!」
内田の掛け声で、車は動きだした。前田は助手席で、私と長谷部が二列目。岡崎と円藤は三列目に座り、小柄な内田が二人の間に入った。
動き出した車はみるみるうちに街を離れていく。知っている街が、知らない町に変わり、やがて高速にはいると知らない山肌に変わった。微妙に空いた窓が、車の速さを感じさせる。
カーステレオからはノリの良い洋楽が流れていた。誰の歌なのかは分からないが、とりあえず気持ちいい。ドライブなんて、いつぶりだろう。ミラーについたストラップがエンジンで揺れる。その揺れをずっと私は眺めている。海を待ちながら。
それが心地よくて、つい眠たくなる。そう言えば、今朝は早起きだった。4時半におきてパンを食べ、支度をして家をでた。
「気を付けて。楽しんでらっしゃい」
家を出る時のママの声が、ふと耳をかすめる。その声を想いながら、私は眠った。
「みてみて! 海!」
元気な内田の声が、私を目覚めさせた。左一面に大海原が広がっている。すでに高速を降り、海岸沿いの道に入ったのだ。
「すごい、綺麗……」
ため息混じりの一言が無意識に出る。
「そっか。山梨は海なし県だもんね」
私をみて、内田が言う。
「うちらも大して変わらないでしょ」
岡崎がそう言った。
「まあ、そうだけど」
と内田は黙る。確かに海なし県ではないが、私たちの住んでいる街からは海は遠い。
「それで、この辺りには海水浴場がいっぱいあるけれど、どこにするの?」
前田のお母さんの問いに、助手席の前田が答える。
「できる限り遠くがいいな。そんでもって、ほとんど人がいないとこ」
「え? あんたちそんなところでいいの?」
前田のお母さんは驚いた顔をする。普通なら、できるだけ近くで、人気のある海水浴場がいいに決まっている。しかし呪いのこともあって、今はできるだけ人のいない場所を選びたい。安心して遊びたいのだ。
「はい。お願いします」
前田のお母さんの質問に私はそう答えた。
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