第23話 エンカウンター
そして日曜日、私たちは山蕗市へ向かった。見覚えのある車窓、見覚えのある景色。その中を潜り抜け、あの日、クラスメイトと出かけた山蕗の街へ戻ってきてしまった。ただあの日と違い、原口先生はいない。私と前田、内田、岡崎だけだ。
向日葵の手掛かりは原口先生が持っていて、私たちには皆無だった。ただ彼女は南側の下宿にいて、そこを手当たり次第にあたれば見つかるはずだ。原口先生が生きていたらと思ったが、悔やんでも仕方ないと私たちは下宿先に向かった。
しかし昼になっても、向日葵は見つからなかった。誰に聞いても向日葵という名前の生徒は知らないという調子だった。そしてついに南側の下宿すべてを回りきった。
「おなかすいたぁ……」
内田が弱音をはく。
「そうだね。私もお腹空いたよ」
前田も苦笑いをしながらそう言う。
「じゃあ、お弁当にしようか」
私がそう言うと、みんなで小さな公園に向かった。山蕗高校の近くにある都市公園だ。どこにでもありがちな遊具とトイレがあるのみ。私たちはベンチに座って、それぞれお弁当を空ける。みんな自作したらしく、盛り付けまで工夫されていた。意外にも岡崎のお弁当が一番手が込んでいる。
「料理、上手なんだね」
「まあな。こんな見た目だけど、母さんを手伝ってるから」
すると隣から内田が付け足した。
「はずきんぐの家、お弁当屋さんなんだよ」
「え、そうなんだ!」
私は驚いた。そう言えば、あれ以来『はずきんぐ』はあだ名として定着している。私たちもすぐに誰のことかわかるようになった。
「私も初耳かも」
前田も話に加わる。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うん、初めてきいた」
私は岡崎の美味しそうなおかずを見て言う。
「今度、お弁当買いにいくよ」
「え、まじ?!」
岡崎の照れているようで嬉しいような叫びが、山蕗の空っぽの空にこだまする。
「うん!」
「でも身内だからってサービスしないよ」
すると内田が、
「はずきんぐのケチ」
とすねる。私も調子にのって内田に合わせてみる。
「はずきんぐ、ケチ」
「なんだよ二人して!」
岡崎の珍しい顔が今日はよく見れるなあ。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、お弁当を食べ終えると向日葵の話になった。
「向日さん、見つからないね」
前田が弱弱しくつぶやく。
「うん。せめて西川先輩に会えれば……」
原口先生と一緒に最後まで向日葵を探していた西川先輩なら、何か分かるかもしれない。私はそう考えていた。しかし西川先輩の家も、連絡先も知らない。八方ふさがりだった。
午後の公園で、私たちはただ流れる雲を眺めた。
「ねえ、もう一回、山蕗高校へ行ってみない?」
それはちょっとした思い付きだった。もしかしたら先週のように西川先輩に会えるかもしれない。ただの思い付きでも、前進するきっかけになることもある。そして今回はそうだった。
私たちが校門で待っていると、しばらくして西川先輩が現れた。
「あっ、君たちはたしか……」
「お久しぶりです」
「原口先生のこと……残念だったね」
暗い顔をして、西川先輩は続ける。
「先生のお葬式に行けなくてごめんなさい。部活の大会がもうすぐなの。いろいろ終わったら、お墓にお参りさせていただくわ」
「そうだったんですか」
校門前の木の下で、私たちは会話を続ける。
「それで今日はどうして山蕗に?」
「えっ」
意外な質問が飛んで、私は声が出た。
「今日、向日さんに会う約束を、生前原口先生がとってくれたので、向日さんに会いに来たんです」
それを聞いて、今度は西川先輩が意外そうな顔をした。
「向日さん? 向日さんが見つかったの?」
「え? 先生と西川先輩で、先週の日曜日に向日さんを見つけたんじゃないんですか?」
「ううん、違うわ。あの日は結局、向日さんは見つからなかったのよ。それで先生が付き合わさせたお礼にって夕食を御馳走してくれたの。今思えば、あれが最期になっちゃったな……」
西川先輩は語尾を悲し気に答えたが、問題はそこではない。あの日、向日さんは見つからなかった。西川先輩は今、確かにそう言った。しかし原口先生は亡くなる前、日曜日に向日葵を見つけることができたと言ったのだ。
「見つからなかったってのは本当なんですか?」
私より先に内田が食いついた。
「うん。あの日はすべての下宿を回ったけど、向日葵という名前の生徒はどこにもいなかったわ」
どういうことだろう?
原口先生は向日葵が見つかったと言った。しかし西川先輩は見つけられなかったと言っている。二人の話に食い違いがあるのだ。西川先輩と別れたあとで、原口先生が向日葵の下宿を見つけたとは考えにくい。だとしたら残る可能性は一つ。どちらかが嘘をついている。
「それって……」
私が西川先輩に質問をしようとした矢先、髪の長い女子高生が私たちの横を走っていった。山蕗高校の制服を着て、校門からバス停を目指している。
「あ、あれって、向日さんじゃ……」
それを見て不意に西川先輩がつぶやく。
「ねえ、向日さん! 向日さんでしょ?!」
そして走り去っていく女子高生に呼びかける。彼女はそれを聞いて一瞬振り返ったが、私たちを見るなり再びバス停に向かって走り出す。涙黒子が特徴的な普通の女子高生だ。
「間違いない、向日さんだわ」
西川先輩がそう言ったので、私ははっとして、
「追いかけなきゃ!」
と言う。そして私たちは向日葵を追いかけて坂を下り、バス停を目指す。
「向日さん!」
彼女はもう振り向かない。どうして名前を呼んでいるのに、行ってしまうのだろう。まるで逃げるようだ。バス停にバスが到着する。私は焦りを感じた。
「待って、向日さん! 待って!」
私たちの声は届いているはずだ。しかし彼女が立ち止まることはなかった。向日葵はバスに乗り、私たちが間に合わなかった。虚しくバスが離れていく。
「どうして……」
私は胸が脈打つのが分かった。しかしそれは全力で走ったことだけが原因ではなかった。
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