第22話 ミスリード

「え?」

 その言葉に場が凍りつく。それでも私は続けた。

「あの日、花壇の上に血まみれの制服が落ちているのを三階から見た」

「ほんとに?」

 前田が訊いて、私はうなずく。

「たぶん、だけど」

 すると長谷部が言った。

「そう言えば、私を刺した犯人が……窓から飛び降りた気がするの。気が動転してしまってて、よく覚えていないのだけど」

「それ警察には言った?」

「うん。一応言ったけど、信じていないみたいだった。事件現場は三階だし」

 確かに長谷部が幻覚を見たと考えるほうが妥当だ。しかし何かが引っかかる。この事件。仮に犯人がいたとして、なぜ長谷部と原口先生が狙われたのだろう。呪い通りなら原口先生は殺されないはずだ。さらに長谷部も最後から二番目に殺す書かれている。内田、岡崎、前田が生きている時点で、長谷部が狙われたとも考えにくい。

 確かなことは、長谷部は柳沢亜由美に似ている存在に刺されたということだった。向日葵もまた、何者かの存在を確認している。つまりこれで一連の不審死が「実体を持つ何者かが起こしている」ということは間違いない。そしてその「実体を持つ何者か」が、柳沢亜由美の日記をもとに殺人を起こしている。

 すなわち日記に書かれていない先生が殺されたということは、その何者かには予定外だったはずだ。原口先生は急所を突かれたが、長谷部は外されている。これは明らかに長谷部をミスリードとして、原口先生を殺す気であったことを意味している。何者かは予定外のことを起こしてまで、先生を殺さなければならなかったということになる。

 先生はあの日、向日葵に近づこうとしていた。そして何者かに「呪い」とは関係なく殺された。やはり向日葵が重要な秘密を握っているのだろうか。だったら向日葵を殺してしまえばいいのに、何故か学校で、しかも大事にしてまで原口先生を殺すという暴挙にでた。

 やはりキーパーソンは向日葵だ。彼女と力を合わせれば、この事件を解決できる。私はこの話を、病室にいるみんなにした。

「なるほど」

 みんな私の意見に納得し、私は続ける。

「向日さんと会おう。原口先生が日曜日を空けてもらえるように伝えているはずだし」

「そうだね。次の日曜、もう一度山蕗市へ行ってみましょう」

 前田も賛成した。しかし長谷部が、

「でも向日さんに近づくのは危険すぎるわ。原口先生が殺されたってことは、恵果ちゃんだって殺されちゃうかもしれないんだよ」

と泣きそうな顔で言った。

 そうかもしれないね。不思議と、私はそう思っただけだった。確かに死ぬのは怖い。でもだからと言って、死を恐れているわけじゃない。むしろこの事件を起こしている何者かに殺しにきてもらって、そいつの顔を拝みたいくらいだった。

「そうかもしれないね」

 私は自信もないのに自信満々に言う。

「そうなった時は、私をおとりに犯人を捕まえてほしい」

「恵果ちゃん……」

 長谷部は涙を腕で拭った。

「心配しないで。仇は必ずとる」

 その日は日曜日に山蕗市へ行くと決めて、私たちは帰った。


 もう一度、山蕗市へ行く。向日葵に会いに行く。

 その前日の土曜日、臨時担任となった生徒指導の北沢先生から衝撃の発表があった。朝のホームルームで、北沢先生は残念そうな顔で言う。

「実はな。昨日の臨時職員会議で体育祭の中止が決まった。楽しみにしていた生徒たちには申し訳ないが、分かってほしい。事件の犯人もまだ捕まっていない。君たちの安全を第一に考えてのことだ」

 分かっていた。私はそう思った。円藤は知らないが、前田と岡崎も思ったはずだ。中止になることくらい、薄々感づいていた。あれからずっと警察が校門を警備しているし、ワイドショーもうちの学校の話題で持ち切りだ。

 ただ内田のことが気になった。体育祭が消えた。すなわち内田の殺される予定の日が消えたのだ。しかし殺されなくなったというわけでもなさそうである。内田は「いつ殺されるか分からなくなった」と考えたほうが妥当だろう。私と同じように。いや少し違うかもしれない。

 ホームルームが終わってから、その話を内田にすると、彼女はいつもと変わらない笑顔で、

「かえって身構えなくていいから楽になったよ」

と言った。素直な内田だ。本心からそう思っているのだろう。それどころか、

「夏休み、体育祭の練習するはずだったのに空いちゃったね。ねえねえ、せっかくだからさ、みんなでどっか行かない?」

そんなことまで言いだすくらいだった。


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