第21話 エンプティ
その時、私は鳥肌がたったのを覚えている。血の跡をたどり、行き着いた開け放たれた窓。そこから何気なく窓の外を見下ろすと、窓の下の花壇に血まみれの制服が落ちていた。
「あれは……なに……?」
私はそれから、救急車のサイレンが鳴り響く中、長谷部と原口先生が運ばれていくのを見ていた。少しでも早く、病院に着いてほしい。
学校で呆然としていると、生徒指導の先生たちに呼ばれた。そして警察からの事情聴取を受けた。これはもう「事件」なのだ。
警察の次はマスコミだった。警察や先生たちから「何も話すな」と釘をさされた。私がマスコミに追われることはなかったが、家に帰るとうちの学校で起きた惨劇が夜のトップニュースになっていた。
「恵果……!」
その日はママが何も言わずに抱きしめてくれた。私はもう恐怖を通り越して、逆になんともなかったが、ママが私を抱きしめたかったのだろう。
「辛いでしょ。明日は休んでいいのよ」
ママはそう言ったが、私は首を横に振った。
「ううん。学校に行きたいの」
このままじゃ、また友達を失うかもしれない。
長谷部は一命をとりとめた。大怪我だったが、急所ではなかったそうだ。逆に原口先生は急所を突かれたらしい。意識不明状態が続いたあと、亡くなった。
原口先生が死んだ。私はそれを聞いても、もう何とも思わなかった。それくらい、空っぽになりかけていた。ただ長谷部が生きているだけで十分だった。
先生が亡くなったあと、全校集会が開かれ事情が説明された。現在も警察が事件を捜査していること。まだ犯人の手掛かりがつかめていないので、何か情報を知っている人はすぐに知らせてほしいとのことだった。
遅いよ、と私は思った。全校集会を開くのが遅い。永友が亡くなったとき、いやはじめの二人が亡くなったときに開くべきだったのだ。それは今回の事件まで学校側が不審死を隠蔽し続けていたことを意味していた。
呪いの話は警察に言うべきだろうか。いや、もしこれが呪いではなく人の手による犯行なら、捜査のプロである警察が簡単に犯人を見つけてくれるかもしれない。呪いなどと言って、かえって警察を混乱させるのはよくない。私はそう考えたので言わないことにした。
長谷部は回復を待って、警察から話を聞かれたらしい。私たちがお見舞いに行くと、ちょうど警察が長谷部の部屋から出てきたところだった。
私たちを見るなり、警察の人たちは頭を下げた。私たちも会釈をする。お見舞いにきたのは私、前田、内田、岡崎。つまり円藤以外のクラスメイトだ。長谷部は内田と同じように一人部屋だった。
「来てくれたんだ」
長谷部は白いシーツのベッドで横になっていた。体中に巻いた包帯と点滴の管が痛々しい。まだ起き上がれないのか、寝たままだ。長谷部は私たちを見て、少しだけ安心したように笑った。
「来るに決まってるよ」
前田がそう言って長谷部の隣に座る。
「大丈夫?」
今度は私が聞く。長谷部は少し苦い顔をして、
「命に別状はないらしいんだけど、まだね……」
と言った。
「痛い?」
前田の問いに、長谷部はうなづく。
「そっか、そうだよね」
「それよりさ」
「ん?」
「……私、見たんだ」
長谷部が張りつめた声で言った。一瞬、場が静まる。
「なにを?」
「先生を殺した犯人」
再び場が静まる。
「えっ」
「……柳沢さんに、そっくりだった」
え……? 二度目は声にもならなかった。
「……それ、本当なの?」
そんな中、内田が言った。
「うん。あくまでもそっくりってだけで、顔ははっきり見えなかったし、たぶん本人ではないとは思う。でもあの子と同じ髪型で、あの子と同じ制服を着ていた。ズタズタになった、あの制服……」
制服、血まみれの制服。
「その制服、私見たかもしれない!」
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