第20話 クリムゾン

 結局、円藤が校庭に現れないせいで、私たちは体育の授業をはじめられなかった。ヒステリーを起こされても困る。

「あなたたちも円藤さんを探してちょうだい」

 原口先生が言うので私たちは仕方なく円藤を探すことにした。正直放っておけばいいと思ったが、内田が真剣な顔つきで心配しているのが気になった。

「とりあえず手分けして探しましょう」

 先生の指示で、私たちは学校内に散らばる。原口先生と前田、長谷部が南舎へ。私と内田、岡崎は北舎へと向かう。

「私が上の階を見てくるから、二人は下をおねがい!」

 内田はそう言って三階へ急いだ。私は二階へ、岡崎は一階へと走る。

 北舎二階は一年生の教室だ。私は授業中の教室を横目に廊下を早足で歩く。私が円藤を見つけたところでどうする? ふと、そんなことを思った。そんなことを思いながら、空き教室を覗き込む。でもこのまま円藤に死なれても、私が悪いみたいで嫌だ。

 北舎の二階を隈なく探しても、円藤は見つからなかった。私たちは一度、北舎の前に集まる。

「いた?」

 内田の問いに、私と岡崎は首を振る。

「あとは南舎だね」

 私がそう言ったその時だ。南舎から悲鳴が響いた。

「なに、いまの?!」

「まどちゃん?!」

 私たちは南舎へと急いだ。無我夢中で走り、階段を駆け上がる。悲鳴は上の階からだ。

「誰か! 早く来てっ!」

 再び声が聞こえる。屋上からだ。長い階段を登り切り、屋上に出ると私たちは驚いた。前田と円藤がつかみ合いをしていた。前田が円藤を車いすから降ろそうとしている。

「みんな、手伝って!」

 前田が私たちに気づきそう言うので、急いで彼女の助けに入る。

「なんでそうなるの! 私を助けなさいよ!」

 前田を助けようとする私たちに円藤が一喝した。私たちは一旦迷ったが、やはり前田を助けることにした。しかし内田だけはどうしていいか分からず、おろおろしている。

「痛いっ! やめてよ!」

 私たち3人は円藤を車いすから引きずり下ろす。円藤はそのまま無様に倒れこんだ。

「二人ともどうしたの?!」

「円藤さんが死ぬって言うから……」

 私の問いに前田がそう言うと円藤が、

「言ってない!」

と声を荒げる。すると前田が、

「言ったじゃん!」

と珍しく反論した。

「亜由美に殺される前に死んでやるって、言ったじゃん!」

 声に驚いたのか、図星なのか、円藤は黙った。

「言ったけど……」

 そして涙声でそう認めて、うつむく。私はひとまずほっとした。また永友の時にみたいになったらどうしよう。円藤はともかく、前田が死んだらどうしよう。そんなことが頭をよぎったからだ。

 そんなことを考えていた時だ。

「大丈夫かね?」

と声がした。どうやら下の階の先生たちが悲鳴を聞いて駆け付けたらしい。円藤に近づいたのは中年の禿げた男の先生だ。名前は北沢だっけか。たしか生徒指導だ。

 反抗する生徒と、それをなだめる先生。これからそんなお決まりの展開が始まると思った矢先だった。

 突然、悲鳴が聞こえた。しかも安全であるはずの下の階からだ。その悲鳴は尋常じゃないくらいの恐怖を飲み込み、そして吐き出したようだった。

「なに?!」

 私たちは驚く。真下の三階から聞こえる。

「北沢先生!」

 別の先生が北沢先生を呼ぶ。彼女の声のまた、恐怖そのものだ。北沢先生は円藤から離れ、慌てて階段を降りていく。

「行こう!」

 私たちも先生たちに続く。円藤と前田を屋上に残して。


 私たちが三階に着くと、すでに先生や生徒たちで人だかりができていた。彼らは空き教室の前に集まっている。何人かは悲鳴を上げ、大騒ぎだ。

「みんな見ちゃだめ! 下がって!」

 中田先生(一人の生徒指導の先生)がそう叫ぶが、誰も下がろうとしない。生徒の多くはパニックをおこしていた。

「北沢先生!」

 北沢先生を見つけた中田先生が甲高い声で叫んだ。

「救急車! すぐに救急車を呼んでください!」

「え?」

 いきなりの出来事に唖然とする北沢先生。

「早く! 急いで!」

 中田先生の焦りっぷりに驚いたのか、北沢先生は職員室へと急いだ。私は人ごみの中を見ようとした。嫌な予感がする。

 隣に内田と岡崎。屋上には前田と円藤がいる。しかし長谷部がいなかった。それもかなり前からだ。私は最悪の事態を想像し、体中が震え出した。悲鳴の中を掻き分けると血の臭いが微かにしはじめた。

「あなたたち、下がりなさい!」

 私は中田先生の静止を振り切り、空き教室の中を見る。

「だめよ!!」

 それは想像を絶する光景だった。教室一面が血まみれだ。教室の真ん中で、うつ伏せになって倒れる人影が一つ。そして教室の後ろで、ロッカーにもたれかかるように倒れる人影が一つ。その二つを軸に噴き出すかのように撒かれた血。

 ロッカーに倒れていた人影はすぐにわかった。制服、眼鏡、おさげ……。長谷部だった。

「いやっ!!」

 私は叫んだ。

「まこちゃん!」

 嫌だ! 不覚にも最期の別れみたいになってしまったので、

「まこちゃん、大丈夫?!」

と長谷部が生きている前提で叫ぶ。

「本田……さん……?」

 幸い、長谷部はまだ生きていた。私の問いかけに気づきこちらを向き、虚ろな目で微笑んだ。よかった。私は胸を撫でおろす。

 そしてすぐにもう一人の人影が気になった。教室の真ん中で血を噴き出して倒れている。制服……じゃない。ジャージだ。それは生徒ではないことを意味していた。

 その時、北沢先生が戻ってきた。

「中田先生、救急車を呼びました! すぐに来ます!」

「ありがとうございます! 北沢先生、生徒をお願いします」

 中田先生は生徒の制止を北沢先生に任せ、

「みんなどいて!」

と言って長谷部の元に駆けつける。私も行こうとしたが、北沢先生に止められた。

 中田先生が、

「大丈夫?」

と聞くと長谷部はゆっくりうなずいた。それを見て、中田先生はもう一人も元へと向かい、血まみれのうつ伏せを血まみれの仰向けに変える。その瞬間、私はその人影の正体に気づいた。

 口から血を吐き、首から血を噴き、見るも無残な姿に変わり果てていたが、それは見覚えのある顔だった。私たちの仮担任、原口先生だ。

「原口先生! 大丈夫ですか?!」

 中田先生が叫ぶが、応答がない。中田先生は胸に耳を当てる。

「心臓が止まってる!!」

 急いで気道を確保し、心臓マッサージをはじめた。

 嘘……。私は思った。原口先生は柳沢亜由美に呪われてはいないはず。私は恐怖におののき、その場を離れる。

 それを見た北沢先生が他の生徒にも去るように促した。内田と岡崎は大人しく階段まで戻って待っていたようだ。私も二人のところまで戻ろうとする。

 その時、廊下の床にわずかに血を引きずったあとがあるのを見つけた。その跡を追ってみると、それは廊下の窓のところで途切れ、その窓は広く開かれていた。まるで殺戮者がここから逃げ出したようだった。







 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る