第19話 エスケープ
円藤と内田はそのまま戻ってこなかった。私たちが教室で静かにしていると、やがて廊下から口論をする声が響いた。
「そんなに仲良くしたけりゃすればいいじゃない!」
まるで大人のような強烈な怒鳴り声。これは円藤だ。
「ち、ちがう! 私はただ、みんなと仲良くなりたくて……」
子供のような弱弱しい弁明。これは内田だろう。
「勝手にすれば!」
私は無性に円藤に腹が立ってきた。前の私なら思うだけで何もしなかっただろうが、今の私は違う。気づくと廊下に出ていた。
「円藤さん。何か言いたいんなら、直接言えば?」
内田を守りように立ち、円藤にそう言った。
円藤は何か言いかけたが、
「別にない……」
と口を濁した。そしてそそくさと廊下から階段を降りようとする。もちろん車いすで廊下を降りるのは大変で、いつもは内田が手伝っている。しかし今、円藤は一人で降りようとしている。
「まどちゃん、どこ行くの?!」
そんな姿を見て、内田が思わず聞く。しかし円藤は答えない。
円藤は車いすから降り、下半身を床につけながら階段を下っていく。
「待ってまどちゃん!」
内田は叫ぶが円藤には届かない。そのままゆっくりと視界から消えていった。ちょうどそのころ、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
次の教科は体育だ。早く着替えないと。既に前田、長谷部、岡崎は着替えており体操服で廊下に出てくる。内田はそれを見て、次の教科が体育だと知る。
「そっか体育! 待っててまどちゃん! 私もすぐ行くから」
そして急いで着替えるために教室に戻った。私もあとに続く。
「先に行ってるよ」
岡崎がそう言うので、私たちはうなずいた。
体操服に着替えて校庭に出ると、円藤はいなかった。しばらくして原口先生がジャージ姿で現れる。
「あれ? 円藤さんは?」
「それが、どっか行っちゃって……」
内田が心配そうな声で言った。
「行方不明ってことかしら?」
行方不明なんて大げさな、と私は思った。円藤は授業をエスケープしているだけだ。
「円藤さんとあなたはいつも一緒にいるじゃない。どうしたのよ?」
「それが、喧嘩したんです」
「喧嘩?!」
先生が珍しく声を荒げたので、私はビクッとした。内田もシュンとしたようだ。
「先生、うっちーは悪くないんです。それなのに円藤さんは……」
「わかっているわ」
先生は私の話を遮って続けた。
「ただ、あの子。円藤さんって一人になるとヒステリーを起こすから心配なのよ」
ヒステリー? そう言えば以前、円藤が自分で言っていた。
「パパに迎えに来てもらうわ。早退理由はヒステリーを起こしちゃったって伝えといて」
早退の適当な言い訳かと思ったが、まさか本当にヒステリーを起こす子だったとは。
「まどちゃん、幼稚園のころいじめられてて。嫌なことがあると、幼稚園時代を思い出して、カッターとかで自分を傷つけちゃうの……」
内田が泣きそうなで補足した。先生も緊迫した顔になる。
「早く見つけないとまずいわ」
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