第18話 ニックネーム

 週明けの朝、学校に行くとすぐに内田が絡んできた。

「けーかちゃん、おはよ!」

 私が教室に入って第一声がそれだ。

「うっちー、おはよう」

 とりあえず挨拶を交わすと、当然円藤は驚いた顔をした。そして、なに仲良くなっているの? と言わんばかりに睨みをきかす。しかし内田はそんな円藤の視線に気づいているのかいないのか、お構いなしだ。私はそのまま着席する。

 チャイムが鳴って原口先生が入ってきた。今日は欠席はなさそうだ。昨日、山蕗で別れて以来、先生とは言葉を交わしていない。向日葵は見つかったのだろうか。それだけが頭から離れない。

 休み時間になったので、前田と二人で先生の元に駆け寄り、向日葵の件を尋ねる。

「先生、向日さんは見つかったんですか?」

「ええ、南側の下宿にいたわ。留守だったけど、大家さんに確認したらうちにいるって答えてくれたの。来週の日曜日にでも会えないかって、大家さんに伝えてもらうように頼んだわ」

 よかった。私はひとまず安堵する。私たちがわざわざ山蕗市まで探しに行ったことは無駄にならなかったんだ。これでまた一歩、柳沢亜由美に近づいた。

「よかったね」

「そうだね、よかった」

 私と前田は顔を見合わせた。私は先生に、

「あの、向日さんと来週会えるのなら、私たちもついていってもいいですか?」

と聞いた。直接、向日葵に会って聞きたいことがある。この一連の事件は呪いなのだろうか。永友がおかしくなったことも気になる。

「いいわよ。なにかあったら先生が責任を持ってあなたたちを守るから」

 原口先生の頼もしい言葉だ。そこで予鈴が鳴った。

「じゃあ、またね」

「はい」

 私たちは自分の席に戻ろうとした。すると先生が、

「前田さんはちょっと待って」

と前田だけ引き留めた。

「はい?」

「一限目を公欠にしておいたから、ちょっと先生と一緒にきてちょうだい。話したいことがあるの」

「なんですか?」

「体育祭のことよ」

 そう言うと先生と前田は空き教室へと消えていった。

 体育祭。もうそんな時期か。体育祭と聞いて真っ先に浮かんだのは内田だった。柳沢亜由美の日記には体育祭の日に内田を殺すと書かれていたからだ。彼女が死んだら教室が静かになってしまう。正直、はじめて会ったときはうるさくて嫌いだったけど、今は大切な友達の一人に思えて、静かになった教室を想像すると悲しくなる。


 うちの体育祭は9月1日で、練習は夏休みからはじまる。一限目が終わって教室に帰ってきた前田から、私はそう教わった。

「3年はクラス全員で組体操なんだ」

 前田が私に説明していると、長谷部と内田も話に加わった。

「去年の先輩たちはすごかったよね」

「うん。めっちゃ練習したみたい!」

 私を囲んで去年の話をする。

「でも、今年は組体操は無理かなあ……」

 内田が悲し気につぶやいた。三年はこのクラスに6人だけ。しかも円藤は見学のため、5人で行わなければならない。

「そのことなんだけどさ」

 前田が内田のつぶやきに返す。

「さっき先生からお話があって、今年は組体操はやめてダンスにしないかって」

「ダンス?」

 長谷部が驚いたように声をあげ、

「ダンス!」

と内田は嬉しそうに声をあげる。

「ダンスいいじゃん! 『はずきんぐ』はダンス上手そうだよね」

 内田はそう言って隣の席にいた岡崎に声をかける。それにしても『はずきんぐ』ってなに?

 岡崎も私と同じことを思ったらしく、眠そうな目をこすりながら、

「そんなにうまくないし、はずきんぐって何?」

と返した。

「ほらー、岡崎葉月はずきちゃんだから、はずきんぐ?」

 なぜか疑問形だ。岡崎は顔をしかめたように見えたが、しばらくすると笑った。

「やっぱ、うっちー面白い!」

「そうかなあ」

 内田は照れ笑いを浮かべる。私はそんな彼女が可愛く思えて、

「ねえ、うっちー。私たちには変なあだ名つけてくれないの?」

と聞く。

「変なあだ名? 変かなあ?」

 内田は頭を抱えた。そして私と前田と長谷部を順番に指さして、

「けーちゃん、だーまえ、まこっちゃん!」

と名付ける。

「ま、まこっちゃん……?」

 長谷部はきょとんとした顔をする。今まで名前か、委員長としか呼ばれたことはないのだろう。さらに前田が、

「なんで私だけ苗字を逆にしただけなのよ!」

と困り顔で怒る。

 私はそんな一連のやりとりが可笑しくなって笑う。長谷部も内田も、岡崎も笑う。そして終いには前田も笑い始めた。こんなに笑ったのは久々だ。そう思った時だった。

「……チッ……」

 冷たく、湿った舌打ちが教室に響く。それは今、このクラスで唯一笑っていない者からの音だった。私たちの笑い声は自然に消える。

「もういい、トイレ行く……」

 円藤はそう言って教室から出て行った。

「え? ちょっと待ってまどちゃん!」

 内田が慌てて円藤を追いかけていった。楽しい雰囲気がぶち壊しになる。私たちは楽しくおしゃべりをしていただけなのに、なにあいつ。この場にいる全員が、多かれ少なかれそう思ったはずだ。

 ただ内田だけは円藤を話の輪に入れなかったことを悔やんでいるようだった。親友に嫌われないように必死であとを追いかけていた。



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