第17話 ゲームセンター
私たちは手分けして下宿をあたることにした。先生と西川先輩は街の北側の下宿先2箇所。内田と岡崎は東側の2箇所。私と前田は西側の2箇所だ。それ以外に南側に4箇所下宿先があるらしい。とりあえずそれぞれ2箇所ずつ回り、終わったら学校に集まることになった。
山蕗市は静かな街だった。鳩が鳴き、野良猫が駆けていく。私たちはまず学校のすぐ西にある、一番小さな下宿を目指した。
「静かな街だね。私たちの住んでいる街とは全然違う」
黙って歩くのも嫌なので、私が話し出す。
「そうだね。うちの街は観光地が多いから。山梨もこんな感じなの?」
「うん、人が全然いない感じとか似てるね」
山蕗の建物はほとんどが住宅だ。前田からそんな話をされて、私はふと山梨にいたころのことを思い出した。
山梨に引っ越す前は東京に住んでいた。引っ越したのは小4の時。東京では普通のことが山梨では普通じゃないらしく、それが周りには大人っぽく見えたみたいで、よく大人扱いをされた。その時は満更でもなかったが、今ならわかる。どんなに大人扱いをされても結局みんな子供なんだ。自分ではなにも出来ない。大人に守ってもらわなければ、大人になることはできない。
一つ目の下宿先についた。ボロいアパートだ。白い塗装が剥げて黒い部分がむき出している。牛みたい、と私は思った。
前田がインターフォンを押す。甲高い音が鳴り、中からおばさんが出てきた。私たちは早速、向日さんのことを尋ねる。
「向日さん……知らないねえ」
「ありがとうございます」
ハズレか。私たちは頭を下げてアパートを後にする。
ハズレ。二か所目もハズレだった。二つ目の下宿のお婆ちゃんは耳が遠く、事情を説明するだけでも大変だった。結局、無駄骨だったか。私たちはノルマを終えると、一度、山蕗高校へと戻った。
内田と岡崎はすでに帰ってきていた。二人とも向日さんの手掛かりを掴めなかったらしい。しばらくすると原口先生と西川先輩も帰ってきた。
「どうでした?」
前田が聞く。
「駄目ね」
先生は首を横に振った。
時刻は4時を過ぎようとしていた。まだ南側の下宿先が残っている。すると原口先生が、
「私と西川さんで残りを調べるから、あなたたちはもう帰りなさい。あまり遅くなると父兄の方も心配されるだろうし」
「でも……」
先生たちに任せるにはなんか申し訳なかった。
「そうですね。そうしましょ」
しかし前田が私を遮るように言い、岡崎と内田は頷いた。
「原口先生、西川先輩。よろしくお願いします」
前田がそう軽く頭を下げる。つられて私たちも頭を下げた。
「わかったわ。じゃあ気をつけて」
先生たちと別れ、私たちは帰路についた。本当にこれでよかったのか。向日葵を探しに来て、見つけられなかった。
バス停まで歩くと、ちょうど今バスが出て行ったところだった。
「えーっと、次のバスは……40分後?!」
内田が驚きの声をあげる。
「さすが山蕗ね」
前田は苦笑いを浮かべた。私たちは立ち往生になる。
「たいした距離ないし、駅まで歩いて帰らない?」
待ち続けるのが嫌になって、私はそう提案した。
「いいね! そうしよ!」
まっさきに内田が食いつく。
「そうだね。待つよりも早いだろうし」
前田もそう言った。
夕方の知らない街。日は傾きかけ、涼し気な風が吹く。私たちはバスで登ってきた、駅と学校・住宅地のある丘を結ぶ、なだらかな坂道を下る。日曜日なのに人はほとんどいなかった。内田が一番先頭を歩き、私と前田が続く。岡崎は少し遅れて付いてきた。
向日葵が見つかればいい。私はそう思った。そうすれば目の前にいる内田や隣の前田が殺されることもない。このまま誰も死ぬことなく、卒業を迎えたい。口には出さなかったけど、様々な思いが私の頭をめぐっていた。
「山蕗高校。素敵だったなあ」
ふと内田が言った。そして誰の返事も待つことなく、続ける。
「女子高生かあ……。私もなれるかなあ……」
その語尾があまりにも弱弱しくて内田らしくなく、私は悲しくなった。私以外は将来の可能性さえ、約束されていない。まあそれは私も同じかもしれない。
呪いにかけられていなくたって、一年後に生きていられるなんて誰も約束されていない。漠然とした未来に、死という最悪の可能性がある。
私と前田は内田の問いを返せなくて、彼女の言葉は宙を舞う。
けれども岡崎は違った。後ろから内田の言葉を捕まえる。
「なりたくてもなれなかった人がいたことを忘れないでほしい」
その言葉に私は、はっとする。
確かにそうだ。岡崎の友達の柏木と酒井、トイレで亡くなった田中、永友。それに川島先生。みんなそうだ。なりたくてもなれなかった人たちだ。
彼女たちに同情なんてするつもりはなかった。でもしてしまった。自分のこととして、自分や友達が死んでしまったらと考えて。私は恐くなった。『怖く』ではなく『恐く』なった。
内田は、
「そうだね」
と呟いて黙り込んだ。
寝床へ帰るカラスが悲し気に鳴いている。それが絶え間なく私の耳に入った。
駅の近くまでくると、小さなゲームセンターを見つけた。日曜日なのに、ここも人がいない。
私は沈黙から逃げるように、
「ゲーセンも全然人がいないね」
と言う。すると前田が、
「ここの人たちは週末は大きな街に遊びに行くんじゃないかな。快速で一駅だし、車でも30分かからないから」
と返した。
「なるほどね」
前田の答えを聞いて、街を包んでいた不気味な雰囲気が少し和らいだ。すると突然、内田が振り返り
「ちょっと寄っていこうよ」
と言った。私は戸惑ったが、なんとなく内田の気持ちも分かる気がした。嫌とはいえない。というか嫌ではない。
「そうだね。ちょっとくらいなら」
前田も言った。賛成でも提案でもない、独り言のようだ。ここで私も、
「うん。せっかくだし」
と続いた。岡崎はなにも言わなかったが、否定している感じではなかった。
「じゃあ決まりだね!」
内田に連れられて、私たちはゲームセンターに入る。
中はがらんとしていた。お客さんは一人、ジャージを着た男の人が格闘ゲームをやっているだけだ。それ以外は店員も誰もいない。ただ無人となったゲーム筐体がうるさく騒いでいた。
私たちは軽く一回りして、UFOキャッチャーの前で足を止めた。中には熊のぬいぐるみが置いてある。客が少ないためか、まだたくさん残っていてなんとなく獲れそうだ。
「これいけるんじゃない?」
内田が言った。
「そうだね。あれとか」
前田が端にある獲れそうなぬいぐるみを指さす。
「やるの?」
私の問いに内田は、
「もちろん!」
と目を輝かせる。
お金を入れて、内田はアームを動かした。しかし獲れそうなぬいぐるみも意外と獲れない。
「あれっ?! まだだ!」
あきらめずに挑戦する内田。しかし何度やっても結果は同じだった。一度ハマるとなかなか抜け出しずらい。
そんな内田の様子を見て、山梨にいたころ二か月だけ付き合ってやった男子を思い出した。
「こんなの簡単だって。見てろよ」
威勢よく言ったのに、結局何も獲れなかった。そいつの財布は破産した。それが最高にダサくて、そのあとすぐに別れてやった。それ以来、恋愛はしていない。最高にダサいあいつが、ちょっとだけ恋しくなる。
内田は今まさに最高にダサくなりかけていた。
「6回目だ……。こんどこそ!」
でもやっぱり、獲れそうで獲れない。
「なんでだあああ」
すると今まで黙って見ていた岡崎が、
「もう見てられない。代わって」
と言い、ポケットから小銭を取り出して機械に入れた。そしてアームを動かすと、今まで内田が苦戦していたぬいぐるみをいとも簡単に獲る。
「はい」
そうしてぬいぐるみを内田に渡す。
「えっ?! いいよ、岡崎さんが獲ったんだし」
「じゃあ、これはお礼」
「お礼?」
「人殺しになりかけたうちを救ってくれたお礼」
岡崎はそう言って強引にぬいぐるみを内田へ渡す。
「あの時は悪かった……。あ、ありがとう」
岡崎は照れ臭そうに頬を掻いた。
「いいって。こちらこそ、ありがとう」
内田がそう言うと、嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる。岡崎はそんな内田を見て、
「お前、面白いな」
と言い、ポンと彼女の頭を叩いた。
「えへへ、よく言われる」
4人のわだかまりが少しだけとけたような気がした。向日葵は見つからなかったけど、山蕗市への遠征も無駄ではなかったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます