第15話 ハイスクール
原口先生に連れられて、私たちは切符を買い、改札を抜けてホームに出た。地方とはいえ大都市なので山梨とは違い、昼過ぎでもすごい人だかりだ。
思えば駅に来たのは引っ越し以来だった。あの時は改札も分からずに迷っていた。先生は地元出身なのだろうか。こんな広い駅を迷わず進んでいく。
ホームまで歩くと電車を待った。山蕗市までは新快速で一駅。私たちはほとんど待つことなく次の電車に乗れた。緑とオレンジの長い電車だ。16か17両くらいある。これも山梨とは違う。
中は割と空いていて、座席に座ることが出来た。私は窓際で、隣は前田。特に話すこともなく、車窓を眺めた。いつも過ごしている街がどんどん流れていく。山も川もみんな、ブラウン管のスノーノイズのように消えていく。
駅をいくつか通過した。都市の大きな駅から、山と山の間の小さな駅まで見境なく通過した。新快速で一駅とはいっても、実際はかなりの距離がある。向日葵はこんな遠くまで通学しているのだろうか、それとも下宿でもしているのだろうか。そんな疑問も車窓のように流れては、答えを持つこともなく消えていった。
山蕗市に着いた。一区間が長く、15分か20分はかかったと思う。私たちは先生に連れられて改札を抜け、外に出る。
「着いたね」
前田が言った。
山蕗市は小さな街だった。駅前のロータリーの大きさから看板の大きさまで、私の住んでいる街をそのまま小さくしたような感じだ。人も少なく、公衆電話もバスの本数も少ない。
「ここから米倉行のバスに乗るわよ」
先生に言われて、私たちは駅前からバスに乗った。知らない景色と知らないバス停を通り過ぎていく。乗ってくる人はいない。この街のどこかに向日葵はいる……。
駅から7つめのバス停だろうか。自動アナウンスが『山蕗高校前』のバス停を告げた。
「さあ、降りるわよ」
先生の声で私たちはバスから降りる。
山蕗高校は小さな丘の真ん中あたりにある、古びた高校だった。日曜日だからかほとんど生徒はいない。
先生はとりあえず職員室へ向かった。
「先生が向日さんがいるか聞いてくるから、みんなはここで待ってて」
「わかりました」
先生を待つ間、私たちは無言で校庭に佇んだ。遠くからソフトボール部の練習の声が聞こえてくる。それ以外は何も聞こえない。日曜の昼下がりの学校は静まり返る。
「見つかるといいね、向日さん」
沈黙に耐えかねたのか前田がそう言ったが、誰も答えなかった。私が話をつなげようとした時、原口先生が職員室から帰ってくる。
「どうでした?」
私の問い。
「どうもこうもプライバシーがあるからだの、人権があるからだのって答えてもらえなかった。私が母校の教員だっていっても、高校の先生たちは信じてくれないのよ。しかも今日なにも持ってこなかったから証明もできないし。全く、最近はほんとうるさくなったわね」
先生は苛立っていた。五十前の先生だから無理もない。プライバシーがとやかく言われ出したのは最近だし。
「そうですか」
「参ったわね……」
先生はそう言ったきり、黙り込んだ。
予想外だった。ここにきて打つ手がないなんて。そう思い校庭をみつめると、グラウンドの水飲み場からこちらを見つめる人影を見つけた。山蕗高校の制服をきた、髪の短い女の人である。私はすぐにその様子が尋常じゃないことに気づいた。私たちをずっと見つめたまま動かいないのだ。
もしや、と思い私は咄嗟に目を逸らす。しかし彼女は軽く笑みを浮かべ、水飲み場から私たちの方へと走ってきた。あれがもし、向日葵ならば私を殺しにくるかもしれない。岡崎に襲われた時の恐怖が蘇り、心臓が脈打ちはじめる。
私は危機を知らせたくて、
「あれ、誰だろう?」
とつぶやく。
「あれって?」
すぐに答えたのは内田だ。
「ほら、あの人。水飲み場からこっちに向かって走ってきてない?」
「それがどうかしたの?」
「私たちをじっと見てた」
「もしかして向日さん?」
前田が不安げに言った。その女子高生はそのまま足を止めることなく私の方へ向かってくる。短い髪に高い背丈。いかにもバスケ部らしい彼女は、釣り目のまなざしをこちらから離さない。それは向日葵のイメージと一致していた。
「やっぱりこっちにくる!」
私は身構えた。すると彼女は私たちをみて、にたっと笑い、そして言った。
「あーっ! やっぱり原口先生だ! お久しぶりです!」
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