第14話 アポイントメント
そんな感じで向日さん探しの山蕗市への旅は決まり、そうしてすぐに日曜日はやってきた。
昼の13時過ぎ。待ち合わせ場所の改札口に早めに到着すると、すでに前田が待っていた。当然だけど私服だ。彼女の私服を私ははじめて見ることになる。
前田は黄色いTシャツにジーンズをはいていた。悪くもないが良くもない格好だな。そういう私は紺のトレーナーにデニムのスカートである。もちろん一張羅じゃないけど。
前田は私を見つけると軽く手を振った。
「おはよう。恵果ちゃん、早いね」
「うん。前田さんも」
「私、家が遠いから早めに家を出たの」
少し笑いながら言ってから、思い出したように言った。
「あ、そう言えば今朝、眞子ちゃんから電話があってね。急用ができたからいけなくなったって」
「そうなんだ。わかった」
長谷部が来れなくなった。私は少し残念だったが、前田だけでもいてくれて助かった。正直、私一人で内田と岡崎の関係を伺うのは気が引ける。
「長谷部さん。あんなに張り切っていたのに残念だね」
私はそう言った。
「うん。でも恵果ちゃんだけでもいてくれて助かったよ。正直、私だけでうっちーと岡崎さんの間を取り持つのは気が引けるんだよね」
私が内心思っていたことと同じだ。それがおかしくてつい、
「それ私も同じこと思った!」
と声をあげてしまう。
「ほんとに?!」
前田が驚いたあと、私はうなずいてお互い笑い合った。
私を除くクラスメイトに、死が近づいているなんて考えられなかった。今の私たちは周りから見れば普通の女子中学生に見えるだろう。いや、本当に普通の女子中学生なのである。内田も岡崎も、円藤だって。きっともっと仲良くなれたなら、案外普通の女の子なのかもしれない。強がりで弱がりで、流されやすくて、ちょっぴり涙もろい、普通の女の子。私だって、正体はそうだ。
そんなことを考えていると変な気持ちになった。転校してきてからたまに出る『私らしくない』というやつである。最近はそんな『らしくなさ』にも慣れてきた。私らしさって何なんだろう。山梨にいたころは私を演じていたけれど、ここではどんな私が最適なのだろう。それとも自分をさらけ出したほうが……。
その時突然、後ろから胸を揉まれた。
「きゃっ?! なに?!」
「びっくりした?」
内田が得意気に顔を出した。びっくりしすぎて声も出ない。いきなり胸を揉まれたのだ。私が唖然としていると、内田は申し訳なさそうな顔をして、
「えへへ。ごめんね。おはよ!」
と挨拶した。内田は岡崎の一件以来、よく絡んでくるようになった。絡むというより懐いているに近い。私は別に嫌ではなかった。
「びっくりはしていないけど」
「けど?」
びっくりはしていないけど、いきなり胸を揉まれてちょっと驚いただけ。そう言いかけて、私は言葉に詰まった。それってやっぱりびっくりしたのか。
「びっくりはしていないけど? なに?」
意地悪な内田に一瞬スカートだったら捲ってやりたくなった。しかし内田はショートパンツをはいている。白地のキャミソールにオレンジのショートパンツって、まるで小学生だ。内田本人も小柄だから、余計に小学生に見える。
「……びっくりしたよ。ちょっと、ちょっとだけね」
私は言葉を濁した。見た目も小学生だが、中身も小学生みたいな子だ。そうしていると前田が口を挟んだ。
「うっちー。今朝、眞子ちゃんから電話があって、急用ができたからいけないって」
「まじ? 委員長、残念」
内田は大げさに肩を落とす。
しばらくして原口先生もやってきた。先生の私服はジーパンに白シャツ。いかにもおばさんって感じだ。
「おはようみんな。早いわね」
「「おはようございます」」
みんなが挨拶したあと、前田が言った。
「私たちが早く着きすぎただけなんで、気にしないでください」
まだ約束の時間まで10分もある。
あとは岡崎だけか。岡崎はどんな私服で来るのだろう。そんな期待をしていると、彼女は5分後にジャージで現れた。
「あれ。もしかして遅刻した?」
ほぼ全員揃っていることに驚いたのか、岡崎の第一声はそれだった。まだ5分前で遅刻はしていない。
「していないよ。私たちが早く着きすぎちゃって……」
前田が苦笑いをしながら言った。
「なんだ。てか、何でみんなそんなに張り切っているの? ピクニックにでも行く気?」
岡崎の冷たい視線と言葉に私は少しイラっとした。確かに転校して初めて、クラスの子と隣県に行くことに浮かれていなかったわけじゃない。だからこそ余計に気に障った。
「みんなそんなつもりじゃないけど、先輩に会うんだからしっかりした格好でいかなきゃいけないでしょ」
そして気づくと私はそう言っていた。「ジャージはないでしょ」と付け加えたかった。
「わかってる。冗談だって」
岡崎は私の指摘を笑い飛ばした。場が少し重くなる。
「あっ、そういえば先生、今日長谷部さんが来れなくなったので、これで全身です」
前田は空気を変えようと場を仕切りなおした。
「あら、そう。じゃあ行きましょうか」
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