第12話 レタア

「大丈夫?」

 私の頬にガーゼを当てながら、保健室の中村先生は言った。

「ええ。大丈夫です。少しびっくりしたけど」

 まだ少し痛みがあったが、私は平静を装った。さすがに今回は死を覚悟した。包丁が頬をかすめたのだ。

 ひとまず危機は乗り切ったけど、私は岡崎の言葉が気になった。

『そいつはヤナギサワアユミの生まれ変わりだ!』

 生まれ変わりって。私にそんな覚えはない。そんな理由で私を殺そうとしたのか。そんなことを考えていると、原口先生が入ってきた。前田と、隣には岡崎がいた。一瞬、私に緊張が走る。

「岡崎さん、落ち着いたみたいだからもう大丈夫よ。本田さんに謝りたいって」

「本田さん。さっきはあんなことして、本当にごめんなさい」

 岡崎は深々と頭を下げた。あまりにも素直に謝られたので、私はキョトンとしてしまった。どうしてあんなことを? 私が聞きたいのはそれだ。しかし刺激するとまずいと思って私は躊躇する。すると岡崎の方から

「実は昨日、家に手紙が届いたんです」

と話を切り出す。

「手紙?」

 原口先生が訊く。

「はい、手紙です。昨日の朝、新聞や他の郵便物と一緒に小さな紙で、宛名もなく、ただ黒いボールペンでびっしりと文字が書かれていて……」

「そこになんて書いてあったの?」

 今度は私が尋ねた。

「これ」

 岡崎はポケットに手を入れると、中から小さな手紙を取り出した。


☆☆☆


三年生の生徒へ


貴女が柳沢亜由美の呪いを受けていることを知っています。

私も柳沢亜由美に大切な人を殺されて、とても憎いです。

なので彼女のことをいろいろと探りました。

そして分かったことがあります。

知っていますか? 柳沢亜由美は生きています。

正確には生まれ変わって貴女の近くにいます。

そいつを殺せば、あなたは助かり、今まで殺された子たちの仇をとれます。

私にはそいつが具体的に分かりません。

しかし貴女になら分るでしょう。

貴女が仇をとってくれることを信じています。


向日 葵


☆☆☆


「ひまわり?」

 原口先生がつぶやく。

「むこうあおい」

 私と前田が口を揃えて続けた。

「なるほど、名前ね」

「はい。去年卒業した一つ上のバスケ部の先輩です」

 前田が説明する。

「知ってる子?」

 先生が訊く。

「はい。直接話したことはないんですけど……」

「へえ。でもバスケ部にそんな子いたかしら?」

 原口先生がそう言うと、前田は顔を濁した。

「あの、途中で学校にこなくなった……」

 すると原口先生は察したように

「ああ、あの子ね。思い出したわ」

と言った。

 向日さん、途中で学校に来なくなったんだ。私はその時、初めて知った。

 そして同時に、向日葵が柳沢亜由美を憎む理由を理解した。手紙にあった彼女の大切な人。それは川島先生だったのだろう。そんな大切な人を殺され、高校生になった今でも柳沢亜由美を憎んでいる。

 今だからか。だって先生が死んだのは、今年の春だ。じゃあどうして私が柳沢亜由美の生まれ変わりだって思ったのだろう。向日葵は私が転校してくる前から続く不審死を知らないのだろうか。岡崎もそれに気づいたようだった。

「最初は、確かに本田さんが柳沢亜由美の生まれ変わりだって思いました。だからあんなことをしたんです。ちょうど永友さんも亡くなったあとで、気が動転していて……ただ」

 岡崎はそこで一度、私の方を向く。

「ただ、もし本田さんが柳沢亜由美の生まれ変わりだったなら、本田さんが転校する前に亡くなった3人の説明がつかないって冷静になって気づいたんです」

 そう、確かにそうだ。そもそも私は生まれ変わりなんかじゃない。そもそも原口先生は日記のことを知っているのだろうか。そう思って先生の方を見ると、

「なるほどねえ」

と相槌を打っていた。

「確かに、本田さんが柳沢さんの生まれ変わりとするのは無理があるわね」

 その様子だと日記のことは知っているようだ。そして話を続ける。

「でも、この向日さんの推理は結構いい線いってるのよ」

 向日葵の推理がいい線いってる?

「どういうことですか?」

 前田が訊く。

「ええ、向日さんはこの一連の事件が『ただの呪い』ではなく、『実態をもつ何らかの存在によって引き起こされている』という手掛かりを掴んだのよ」

 実態をもつ何らかの存在によって起こされている。つまり柳沢亜由美の生まれ変わりか、あるいはそれを名乗る誰かが直接手をくだしているってことだろうか。

 もしそうなら、これからの惨劇は防げるかもしれない。

「だとしたら早く向日さんを探さないと!」

 私は言う。

「そうね、そうしましょう」

 原口先生が答える。


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