第11話 グッドモーニング
次の日、私が学校に行くと、内田はもう退院して教室に来ていた。花が手向けられていた永友の席は片付けられている。それに昨日から、岡崎が欠席していた。今日も来ていないので二日連続で無断欠席ということになる。
「おはよう」
私は前田と長谷部に挨拶をした。
「岡崎さんどうしたんだろう?」
「分からないわ」
長谷部が俯きざまに言うと、前の席から円藤が口を挟んだ。
「呪いについて真剣に考えはじめたんじゃない?」
呪い……。
「ちょっとやめてよ」
長谷部が拒むように言う。
「何言ってるの。もしも呪いがあるとしたら、私たちも対策を打たないと危ないのよ」
「呪われていないけど、私も出来る限り協力するから」
私は半ば建前でそう言った。
「うん。本田さんはできる『範囲』でいいからね」
円藤は笑いながら皮肉交じりに言った。
「うん」
不穏な空気が流れた。すると前田が助け船を出してくれた。
「あ、本田さん。まだ朝のホームルームまで時間あるし、ちょっとトイレ行かない?」
「あー、うん。いいよ」
私は催していなかったがついていくことにした。前田だってさっきトイレ行ってたじゃん。円藤はそれに気づいて嫌味っぽく言った。
「あれ? 前田さんまたトイレなの? 大丈夫?」
「えっ、う、うん。ちょっとお腹壊しちゃって」
前田は苦しそうな顔でお腹を押さえるふりをした。そして私たちは教室を出た。
「おだいじにー」
円藤のかったるい声が、私たちの背中に浴びせられる。
トイレの個室。する気はなくても、いざ入ると催してくるものだ。
「気を使わせちゃってごめんなさい」
「いいよ。気にしないで」
隣の個室から前田の声がする。
「恵果ちゃんだって私たちのことを考えてくれていること、知っているから」
顔は見えなかったが、私は前田のその言葉にほっとした。
「ありがとう。私も前田さんたちを助けられるように頑張るね」
その言葉と共に、私は音消しのため水を流した。前田たちを助けられる自信はなかったが、このまま見殺しにはできない。それにこれ以上、誰かが死ぬのをみたくない。それが私の本音だった。いじめで殺されて当然だと思っていたが、私はクラスメイトが死ぬ今の状況を当然だとは思わない。
そうだ、亡くなった子に謝れば許してもらえるのではないか。そう思いながら私は用を足し、スカートを穿いた。
個室から出ると、前田はまだ出てこなかった。
「ごめん。お腹壊している設定だから、もう少しここにいるわ」
個室の中からそう言う。円藤に言われたのが悔しいんだろう。
「わかった。じゃあ、先に行くね」
死んだ子に謝ってみるという提案を私は言うのを躊躇した。
教室に戻る途中で予鈴が鳴った。私は駆け足で教室へ戻る。みんなもう席についていた。前田と永友、それに岡崎の席を除いては。
岡崎は本当にどうなっちゃったんだろう。まさか殺されたのだろうか。ノート通りに黒焦げにされて。まさかそんなことって。私は否定をしたかったが、嫌な予感がした。
その日の朝は静かだった。ただ穏やかな静けさではなく、張りつめた静けさだった。まるで惨劇が訪れる前のような。そう、まるで岡崎葉月が私を殺しにくる前のような。
私が席についたとき、岡崎は教室に現れた。
「あ、岡崎さん!」
長谷部が嬉しそうに声をあげる。ひさびさに学校にきたのだ。しかし岡崎は答えることなく、私の方へと向かってくる。
「岡崎さん、おはよ……えっ」
その刹那、岡崎はカバンから包丁を取り出した。
「殺す。殺す、殺す、殺す、殺す……」
狂気の表情でそう呟きながら、岡崎は私に向けて包丁を振り回す。私はとっさに席をたち逃げ回る。でも、よけきれない!
私はついに間に合わず、包丁が右頬をかすめる。
「痛っ!!」
当たった。岡崎の包丁が右頬に当たった。すぐに血が溢れだした。すると岡崎は包丁を深く握る。今度は刺す気、私を殺す気だ。
そこでやっと長谷部が悲鳴をあげた。岡崎は長谷部にかまうことなく私に突っ込む。もう、助からない。私は死を覚悟した。
「やめろぉ!」
だが間一髪、岡崎はタックルをかまされ、私の前から吹き飛んだ。小柄な生徒が全身全霊をかけてタックルをしたのだ。それはあの内田だった。
岡崎は横向きに倒れ、その上に内田が寄りかかる。包丁は手から離れ、鈍い音を立てて床を転がった。すぐさま長谷部が包丁を拾い上げる。すべては一瞬だったが、その一瞬が生死を分けた。
「大丈夫?!」
「何があったの?!」
前田と原口先生、さらに他のクラスの先生たちが駆け込んできたのは、ちょうどその後だった。すぐに先生たちは内田に手を貸し、岡崎を取り押さえた。しかし岡崎はまだ呟き続ける。
「殺す、殺す、殺す、殺す……」
そして突然、呟きは叫びに変わった。
「殺す……。殺すんだ!」
岡崎は私を睨みながら激しく暴れまわる。
「そいつはヤナギサワアユミの生まれ変わりだ! この学校に転校してくる前から私たちを殺そうとしていた! みんなそいつに……」
涙が岡崎の言葉を濁した。
そんなわけないでしょ。私はそう思ったが、恐怖で声がでなかった。岡崎はしばらく悶えていたが、やがて静かになり気を失った。
「本田さん、大丈夫?」
原口先生の声に私は右頬を撫でる。ぱっくり傷口が開いて、血がどんどん出ていた。
「とりあえず保健室へ行きましょう。先生方は岡崎さんを職員室へ」
原口先生は私の手を引くと、他の先生たちに岡崎を預けた。
「わかりました」
「みんなは先生が戻るまで教室にいて」
先生の言葉に前田が口を挟んだ。
「あの先生。私、本田さんについていきます」
傷だらけの私には、前田のその言葉が何よりも嬉しかった。
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