第10話 ホスピタル

 その日の夜は眠れなかった。目の前でクラスメイトが死んだのだ。眠れるわけがない。

 私は心臓の鼓動を抑えながら、ベッドの上でみんなのことを考えた。殺されかけた内田は、私よりももっと怖い思いをしたはずだ。あの天真爛漫な、いやわがままで強気な内田があんなにも壊れたのだ。どれほどの恐怖だったか想像もできない。突然、クラスメイトに太ももの肉をえぐられるなんて。

 内田は大丈夫だろうか。正直好きではなかったけど、少し気になった。明日の放課後、お見舞いにでも行ってみようかな。そうだ、前田と長谷部も誘おう。そう思いかけて、やっぱりやめた。お見舞いは一人で行ったほうが良さそうだ。内田と長谷部、前田は仲が悪そう。


「嫌なやつかと思っていたけど、案外いいとこあるじゃん」

 私が病室の扉を開けると、内田は腫れた頬のままそう言った。「嫌なやつ」ってはっきり言いやがった。ほんと、自分の心を素直にしゃべるやつだ。

「私も、あなたにはあんま興味なかったけど、あんな風に泣かれたらさすがに心配になるよ」

 内田にお返ししてやった。

「むっ……」

 内田は頬を膨らませて少し黙る。恥ずかしい記憶なのか、それとも恐ろしい記憶なのか分からないが、どちらにしろ彼女には思い出したくない記憶なのだろう。

 静かな午後の病室。しかも一人部屋。ちょっと黙っただけで、沈黙が訪れる。

「た、たすけてくれて、あ、ありがとう」

 照れくさいのか少し噛み気味で内田が沈黙を破った。

「本田さんがいなかったら、うち、し、死んでたかもしれない」

 頬を赤く染めながらそう言う内田に、私は思いがけず好感を持った。ほんと、自分の心を正直にしゃべるやつだ。

「いいよ。別に好きで助けたわけじゃないし。あの時はただ、咄嗟に体が動いて……」

 そこで私は言葉に詰まった。

「……あんなことになるなんて、思いもしなかったね」

 話がまた切れて、重いムードが病室を包む。私は思い切って聞くことにした。

「う、うっちーは、その、呪いの話は信じてるの?」

「え? ああ、うん」

 意外にもあっさりと認めたので私はきょとんとした。

「でもうちはあの子に悪いことをした覚えなんてないんだけどな」

 内田は真面目なトーンで続けた。きっと心からそう思っているのだろう。

「だけど、あいつが勝手に……」

 そこで話が切れた。そして後ろから冷たい声をかけられる。

「本田さん、あなたも来てたんだ」

 振り向くと車いすの少女がドアを開けたところだった。

 円藤まどかだった。内田は呪いの話をやめる。

「まどちゃん! 来てくれてありがとう」

「うっちー、大丈夫だった?」

「うん。もう平気」

 二人はいつものように仲良く会話をはじめた。私はなんか居心地が悪くなる。

「本田さんがいるなんて珍しいね」

「いや、私もさすがに大丈夫かなって、ちょっと心配になって」

「ふーん」

 円藤の視線がなんか怖い。その怖い視線のまま、円藤は続けた。

「本田さんは呪われていないから気楽でいいわね。昨日も不安を煽るようなことを言ってたし、関係ないあなたにはこのクラスの状況はさぞ楽しいでしょうね」

「それってどういうこと?」

「別に。でもあなたには感謝してるわ。岡崎の情けない泣き顔が見れたんだもん。あれは傑作だった」

「円藤さん、言っておくけど私だってこんな状況楽しくないし、必死に事件を解決しようとしてる」

「していない!」

 私の反論は円藤に遮られる。

「必死ってのは命をかけているってこと。あなたは呪われてすらいないでしょ?」

 確かに呪われてはいないけど。だけど……。迫力ある円藤の声に私は意気消沈してしまった。呪いのことを持ち出されると何も言い返せない。

 私が少し黙ったところで、円藤が口を開いた。

「なーん言ってみたりして。ドラマっぽいでしょ」

 冗談のつもりだろうか。しかし私には円藤が私を試したことくらい分かっている。わざと怒って、私をビビらせたんだ。プライドがずたずたになる。もう内田には近づくな。そういうメッセージかもしれない。

「はははっ、びっくりした。ごめん、私そろそろ帰るね」

 私は逃げるようにそう言って、病室から出た。

「じゃあね、本田さん」

 円藤は意地悪そうな顔で私を見つめていた。


 私が病院の廊下を歩いていると、長谷部と前田に出くわした。

「あ……」

「本田さんもお見舞いにきたの?」

 長谷部は少し驚いた様子だった。

「うん。もう帰るとこだけどね。二人も?」

 意外だった、てっきり来ないと思ったのに。

「うん」

 二人も私がいることに意外そうな顔をしている。今、内田の病室には円藤さんがいるよ。そう言うべきだったかもしれないが、あえて言わないでおいた。

「じゃあまた明日ね」

 私がそう言って二人に別れを告げたときだった。

「円藤さんいたでしょ?」

 長谷部がやや冷たげに言った。突然の一言と、少し不気味な言い方に私は戸惑う。

「いたけど、なんでわかっ……」

「なんか言われたりしなかった?」

 私が聞く間もなく、前田が次の質問を飛ばす。

「え? 一応、言われたけど」

「なんて?」

「え、ああ、このクラスで呪われていないのってあなただけでしょ? だから私たちみたいに必死になっていないんだって」

 それを聞いた時、二人は何かを思い出したように固まった。そして

「あの時と、同じだ」

と呟く。

「あの時?」

 私の問いかけに二人は答えなかった。

「気をつけて」

 前田がそう言った。それが別れの挨拶なのか、本当にそういう意味なのかは、その時はまだ分からなかった。



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