第79話 釣り出しの策

 「どうじゃ、徳川勢の様子は。」


 「どうも浜松城に籠城する構えのようです。」


 「ならば、釣り出さねばならぬな。」


 信玄は作戦を練った。


 二俣城下に陣を構える信玄は徳川軍に打撃を与えておきたいのだが、

徳川軍は守りの堅い浜松城に籠城する構えだ。


 (いくら籠城と言っても家康は若くて未熟で領民を大切にすると聞く。

であれば、誘い出す術はいくらでもあるが・・・。)


 いろいろ考える信玄だが、誘い出す場所はもう決まっていた。


 ・・・三方ヶ原である。


 浜松城の北に広がる台地であり、そのちょうどいい起伏が

騎馬隊の勢いを増すには十分だった。


 (どんな手を使ってでも三方ヶ原に釣り出すぞ・・・。)


 信玄は二俣城下でしばらく考えに浸っていたが、

大晦日も近づいてきたころに重臣を集めてこう言った。


 「皆の者、家康を釣り出す作戦が固まったからそれを伝える。」


 「待っていましたぞ、御屋形様。」


 内藤昌豊がこう期待を寄せる。


 「まず、三方ヶ原に布陣したうえで休息をとっているように見せつつ

その間に三方ヶ原に城を築く構えを見せる。

 さらに周囲の人家を燃やして田畑を荒らす。

そうすれば家康は領民のため、そして城を築かれては困るということで

浜松城から出てくるであろう。」


 「御屋形様、休息をとっているように見せるというのは・・・。」


 武田信豊がこう信玄に尋ねると、


 「家康は桶狭間で義元が討たれたのを知っているから油断を見せれば

必ず城から出てくる。」


 「なるほど、領民を大切にする家康を追い込んだ上で

油断をつけば勝てるという希望を見せることで釣り出すのですな。」


 「うむ、そういうことだ。」


 これには信豊も信玄の凄さを実感したが、


 「こういう作戦は砥石城攻めの時の幸隆から学んだものが大きい。」


 こう言って信玄は幸隆の方を見た。


 「恐れ多く存じまする。」


 幸隆は照れながらも嬉しそうだった。


 「しかし、城を築く構えを見せるとは、なかなかの奇策ですな。」


 馬場信春がこう言うと、


 「実はな、これには続きがあるのじゃ。」


 と信玄は言って、さらに重臣たちにこう質問した。


 「城を築くのに必要な石を集めるのじゃが、これを戦でどう使うと思う?」


 これに重臣たちは首をかしげたが、小山田信茂がひらめいたような顔をした。


 「信茂、何かひらめいたか。」


 「はは、恐れながら我が小山田勢の投石部隊に生かすのでは。」


 「その通りじゃ。」


 投石部隊とはその名の通り石を投げて敵を攻撃する部隊のことであり、

小山田勢に配属されている。


 「なるほど、築城のためと装って石を集め、それを戦場で投げるとは・・・。」


 山県昌景がこう言って驚嘆した。


 「さすがは我らの御屋形様。よく考えておられますな。」


 こう信廉が言うと、信玄は当たり前じゃ、という顔をした。


 「あとは我らにお任せくだされば、必ずや御屋形様の理想に近い

勝利を収めて見せまする。」


 「うむ、頼んだぞ。」


 信玄はこの後の戦を重臣たちに一任した。


 武田軍が日本中にその名を轟かせる三方ヶ原の戦いは

すぐ目の前に迫っているのであった。

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