第76話 西上作戦

 「皆の者、大切な話がある。」


 時は元亀3年(1572年)正月。

三が日が明け、初めての評議で信玄は重臣たちを集めてこう言った。


 「我々の一つ目の目標である上洛だが、今年の秋頃には出陣したい。」


 「おお!」


 この信玄の言葉に重臣たちが沸き立った。


 「そこでじゃが、上洛作戦の名前を西上作戦としたい。」


 こう言った信玄だが、ここで真田幸隆がこんな質問をした。


 「京都に上るのと西へ上る・・・、名前を変える必要がありましょうか。」


 「そこじゃ。なんでだと思うか、幸隆。」


 この信玄の質問返しに幸隆は頭を抱えた。


 しばらく考えた幸隆であったが、


 「申し訳ありませぬ。私も年ですな、全く思いつきませぬ。」


 信玄は他の重臣たちを見たが、皆考え込んでしまっていた。


 (さすがにわかる者は・・・。)


 こう思った信玄が答えを言おうとしたその時、


 「御屋形様!ひらめきましてございます。」


 こう言って手を挙げたのは幸隆の息子、武藤喜兵衛である。


 「そうか、では答えてみよ。」


 皆に注目される中、喜兵衛は堂々と答えた。


 「上洛とは上って洛中に着くという意味ですが、その後は何もありません。

その一方で西上は西へ向かうまでは上洛と同じですが、

そこから天下に上り詰めるという意味も入るのではないのでしょうか。」


 喜兵衛のこの答えに信玄は思わずこう漏らした。


 「さすがじゃ。」


 この言葉にその場が再び沸き立った。


 「え・・・、当たっていましたか・・・。」


 「ああ、大正解じゃ。」

 「喜兵衛よ、よく答えてくれた。」


 このころにはあの考え込んでいた時の重苦しい空気が吹き飛んでいた。


 「皆の者、西上作戦の意味は喜兵衛が申した通りじゃが、異論はあるか。」


 「異論なし。」


 「では、今後この一連の戦を西上作戦と呼ぶ。」


 信玄のこの言葉の後、その場が大きな拍手に包まれた。

武田家はこれまで負け戦や義信事件などの苦しい状況に直面し続けていたが

これから我々が輝く番だと、家臣たちが大きく期待しての拍手だった。


 もちろん、信玄自身も万感の思いであった。


 (これからは、わしの番ぞ・・・!)


 武田家は幾多の苦難を乗り越え、今まさに輝きを解き放つ時が

迫っているのだ。

 ふと夜空を見上げると、無数の星々が光り輝いていた。


 (いざ、夢の舞台へ・・・!)


 その星の輝きは信玄を夢の舞台へといざなうのであった。

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