第71話 信勝誕生

 「信勝はどこにいったのじゃ。」


 信勝がいないということで躑躅ヶ崎館が騒がしくなった。


 勝頼と信長の養女との間に生まれた信勝がとても活発で

親の隙を見て脱走してしまうらしく、信玄が孫の顔を見ようと来たのだが

その曲輪の中が信勝脱走で大騒ぎになっていた。


 「全く、少し隙を見せるとすぐ、どこかに行ってしまって・・・、

せっかく来られたのに申し訳ありません・・・。」


 「いやいや、構わぬ。元気なのはいいことじゃ。」


 元気すぎる信勝に早くも期待を寄せる信玄であった。



 「どうじゃ、信勝は見つかったのか。」


 「はい。厠の近くにおりました・・・。」


 「それはよかった。」


 信勝に元気をもらった信玄はより一層、職務に精が入った。

そんなある日。


 「御屋形様。」


 「おお、どうした信茂。」


 「はは、相模との国境付近の村々でこのような話を聞きまして・・・。」


 「・・・ふむ、確かに権兵衛の姿を見ておらぬな・・・。」


 信茂が聞いた話によると、武田家家臣の青沼権兵衛が三増峠の合戦の後、

武田軍本隊とはぐれてしまい山中をさまよっていると甲斐国にあるはずもない

海が見えたので、相模湾すなわち北条領の奥深くに来てしまったと思い

権兵衛は自刃してしまったという。だが、目の悪い権兵衛が実際に見たのは

海ではなく蕎麦の畑の白い花だったのだ。


 「災難な話でございます。」


 信茂はこう言ったが、信玄は首を横に振りながらこう言った。


 「これは防げたものじゃ。」


 「と言いますと・・・。」


 「これは本隊からはぐれたから起こってしまった話じゃ。

ならば、侍大将がしっかりと足軽大将の権兵衛を気にかけておれば防げた。」


 「確かに。」


 この事件の後、信玄はその侍大将を処罰させたという。



 「甚助、何をしているのだ。」


 「ま、又蔵。いや、特には・・・。」


 「そうか。」


 ここは三ツ者たちの隠れ家。

今ここには又蔵と甚助がいた。


 「俺はまだ用事があるから少し行ってくるな。」


 こう言って又蔵は再び隠れ家を出ていった。


 (今が好機だ・・・。)


 甚助は再び筆と紙を取り出すと何やら書状を書き始めた。


 “直江景綱殿へ。どうやら武田は再び駿河を攻めるようです。

また北条家は武田との同盟復活へ密かに動き出しているようです。

また情報を送ります。 甚助。”


 なんと甚助は武田家や北条家の動きを伝えようとしていた。

そしてそのあて先は直江景綱・・・、上杉家の家臣である。


 そう甚助は上杉家とつながっていたのだ。


実は甚助は神保家に追い出されたわけではない。

上杉家に事実上降った神保家の家臣として

武田領に乗り込んできていたのである。


 この甚助は最後の最後に大変なことをやってしまうのであった。

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