第70話 価値ある一勝

 ここは小田原より北に進むと現れる三増峠。

甲斐と相模の国境に近いこの場所で今まさに、

激闘が繰り広げられようとしている。


 「御屋形様、囮部隊の準備が整いましてございまする。」


 「うむ、では囮部隊を進ませて様子を見ながら退かせよ。」


 「はは。」


 戦場には激闘の前にも関わらず、静寂な雰囲気が流れていた。

いや、これを嵐の前の静けさとでもいうべきか。


 先に仕掛けたのは武田軍の囮部隊。

北条軍の方に近づいていく。


 「氏邦様、武田が仕掛けてまいりました!」


 「よし、では坂を下って攻撃せよ!」


 北条勢が囮部隊に乗せられて坂を下っていくと、


 「それ、北条が罠にはまってきたぞ!突撃じゃ!!」


それを待っていたとばかりに武田軍本隊が突撃を始める。


 武田軍の騎馬隊が北条勢に突進し、北条勢は鉄砲で対抗。

馬蹄を轟かせる武田軍と最新兵器の鉄砲で挑む北条軍。

鉄砲の威力は想像以上で侍大将の浅利信種が討死した。

 そして武田軍が北条軍に迫ると、そこから激闘が始まった。


 「それー、北条の弱兵など蹴散らしてやれっ!」


 重臣の内藤昌豊がこう味方を鼓舞すると、


 「これまでの武田の悪行を懲らしめてやれ!」


 と北条軍の北条氏照が負けじと味方を鼓舞する。


 戦いの様子が一段と激しさを増したのは北条軍の猛将、

北条綱成が戦場に現れた時だった。


 「それー、駆逐するのじゃー!!」


 綱成の軍勢が戦場を蹂躙していく。

それに負けじと武田軍も戦場を駆け巡る。

 これは意地のぶつかり合いだ。

倒れ込む者を踏みにじり、首をぶら下げて駆けていく騎兵。

足軽も負けじと騎兵に群がり対抗する。

いくつ人を殺めたか数知れず、次々と襲い掛かってくる敵とやり合う。

もはや自らの死など考えている暇もない。

ただ一つ、皆が思うは今を生き延びることだ。


 (まずい、このままでは損害が増えるばかりだ・・・。)


 信玄は山県昌景率いる別動隊の到着を待ったが、

悪路のため到着が遅れているという。


 (何か敵の勢いを削ぐいい方法はないか・・・。)


 ここで信玄はひらめく。


 (これで北条勢の外様衆を弱まらせることができるぞ・・・!)


 信玄は家臣に北条軍の外様衆、千葉家の軍勢に向けて

あることを叫ぶよう命じた。


 「千葉家はかつて北条家と互角に渡り合った名門。それが北条家の家臣に

成り下がっていてよいのか!」


 この言葉を聞いた千葉家の軍勢の攻め込みが弱くなった。

これはまさしく豪族を集めた烏合の衆である北条軍の弱みを突いた

大変効果のある一撃だった。


 同じ作戦を他の豪族の軍勢にも実行すると、北条勢にほころびが見えだした。


 「それ、北条の攻めが弱くなったぞ、反撃じゃ!!」


 武田軍はここを一気に攻め立てた。

さらにじりじりと後退する北条勢の後ろにある高所、志田峠に

山県昌景の別動隊が到着し、三増峠の上と下から挟撃すると

北条軍は総崩れとなり北条氏邦ら北条軍侍大将も這う這うの体で逃げ帰った。


 「御屋形様、苦しい戦でしたが勝ちましたな。」


 「ああ、信種が討死してしまったが、その死が価値あるものになるためにも

勝てて良かった。」

 「これは、価値ある一勝じゃ。」


 この一戦以降、北条家のなかでも同盟復活を唱える家臣が現れだし、

両家は関係改善へと進んでいくのであった。

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