第69話 小田原の陣

 (武士の子はたくましくあれ、などと言うがそのおおもとは練習じゃ。

練習すれば自信がついて自信があれば覚悟ができる。そして覚悟があれば

たくましく見える。)


 馬に揺られながらさらに信玄は思う。


 (結局武士の子も農民も同じ人。ただ違うのは環境じゃ。目指すものは

だいたい身近にあるもの、例えば武士の家なら武士になる・・・。)

 (待てよ、昌信は農民の出だし尾張にも同じような者がいると聞く。

・・・そうか、生まれは違えど、どうなるかは天命なのじゃ・・・!)


 信玄が考えに浸っていると、


 「御屋形様、小田原城が見えてまいりましたぞ。」


 「おお。」


 信玄も思わず声を漏らすほど、それは巨大な城郭であった。


 (一度は攻めてみたいものじゃが、攻めたら損害は計り知れぬな。)


 武田軍は小田原城を包囲してみたが、城郭が大きすぎて

囲み切れないほどであった。


 「皆の者、これより軍議を開く。」


 信玄は重臣たちを集めて今後の動きを協議することにした。


 まず馬場信春が口を開く。


 「この城を攻めるのは大変危険ですので、引き揚げるべきかと。」


 この意見に反対する者はいなかったが、ここで山県昌景が手を挙げた。


 「どうした、昌景。」


 「はは、ここは退くと見せかけて追撃してきた敵を叩くべきにございます。」


 「ほう。それはどうしてじゃ。」


 「鉢形城にて力を示しましたが、まだまだ足りぬかと。」


 「よくぞ申してくれた、昌景。」

 

 信玄は実のところ同じ風に思っていたのだ。


 「しかし、誘いに乗ってくるでしょうかな。」


 武田信廉がこう発言すると、


 「確かに、北条家はすでに鉢形で痛い目にあっているからな。」


 秋山信友の発言でその場に重たい空気が流れた。


 (厳しいとは思うが、北条を誘いに乗らせる方法はないものか・・・。)


 信玄がこう悩んでいると、


 「御屋形様。」


 「おお、又蔵、そして甚助も。どうしたのだ。」


 「はは、北条氏邦を中心とした北関東の北条勢2万が

こちらに向かってきている模様です。」


 「それはまことか。」


 「はい。どうも三増峠で待ち伏せする計画のようです。」


 (なるほど、北条方は鉢形の仕返しをしに来たのか・・・!)


 「御屋形様、いかがいたしましょう。」


 武田信廉の問いかけに信玄は真っすぐに前を向いてこう言った。


 「待ち伏せをせんとしている北条勢を三増峠で討つ!」


 「ははー!!」


 こうして武田軍は待ち伏せをしている北条勢の中に飛び込むことになった。

とはいえ、そのまま飛び込んではやられてしまうので、信玄は作戦を考えた。


 (北条軍は恐らく三増峠の上に布陣するであろう。

そうなれば山のふもとで戦う我らは不利になる・・・。)


 こう思いつつ信玄は三増峠周辺の地図を見てひらめいた。


 (そうじゃ!三増峠も高所じゃが、その近くの志田峠の方が高所。

だからそこに別動隊を送り込んで上から叩けば勝てる・・・!)


 早速、信玄は山県昌景を呼んで別動隊として志田峠から

敵を追い落とすように命じた。


 (しかし、小田原の本隊が動かなければよいのじゃが・・・。)


 武田軍の唯一の懸念、それは小田原城の北条軍本隊が動いて

挟撃されることだった。


 (そうか、本隊が来る前に仕掛けて勝負を決すればよいのじゃ・・・!)


 信玄はこう思いつつ、小田原の陣地を引き払って甲斐の方向に向かった。


 北条軍と武田軍の意地をかけた一戦はすぐそこにまで迫っているのであった。

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