第67話 消えた宝物

 「御屋形様、お話があります。よろしいでしょうか。」


 「なんだ、又蔵。そんなにかしこまって。」


 「実は神保家に仕えていた甚助なのですが、神保家が上杉家と和睦したことで

武田家とのつながりのある甚助は追い出されたようで、

この武田家に加わりたいと申しております。」

 「なのでこの又蔵からのお願いでございます。

甚助を仲間に加えていただけないでしょうか。」


 「そんなことか。構わぬ。」


 「ありがとうございます!」


 こうして武田家の三ツ者に甚助という仲間が加わったわけだが、

それを信玄が受け入れたのには理由がある。

 今この武田家は勢力を拡大している。

だから当然、戦線も拡大していた。

そのため三ツ者がちょうど不足気味だったのである。


 「甚助、甚助!」


 「ま、又蔵!?」


 「許可が出たぞ。」


 「ほ、本当か!?」


 これ以降、又蔵と共に働くことになるのだが、

甚助には又蔵も知らないある極秘任務があるのであった。



 「御屋形様、少し相談が。」


 「おお、信春。相談とはなんだ。」


 「はは、駿府内の宝物庫から今川家が所有していた大量のお宝が

見つかりましてございます。」

 「そのお宝はどうすればよいのかと。」


 「・・・悪いがわしは忙しい。だから信春に任せる。」


 「わかりました。」


 こう言って信春は下がっていった。


 その後、次の戦に向けた準備を進めていた信玄だが、


 「御屋形様、御屋形様!」


 「どうしたのだ、守友。」


 「宝物庫が空っぽになっています!」


 「何じゃと!?」


 側近の金丸平八郎改め三枝守友の報告を受けて駆け付けると、

宝物庫はもぬけの殻になっていた。


 (信春に任せたはずなのじゃが・・・。)


 信玄がこう思っていると、向こうから信春の声がした。


 「燃やせ、燃やせ、我らは盗賊ではないからお宝は不要じゃ。」


 (なんと・・・!!)


 信玄は驚き、慌てふためいた。

信春が家臣に命じてお宝を燃やしているのである。


 「信春、何をしておる・・・。」


 「御屋形様、我らは盗賊ではなく武士でございまする。

その武士がお宝を盗んでは盗賊と同じように思われてしまいます。

なのでお宝を燃やしておりまする。」


 「ぜ、全然理由になっておらん・・・。」


 「え?」


 「い、いや、なんでもない・・・。」


 信春に任せたわしが馬鹿だったと思いそれ以上言わなかった信玄だが、

目の前でお宝が燃やされていくのをただただ、見つめるのであった。



 「何、北条が動いたじゃと?」


 年が明けて永禄12年(1569年)正月。

それまで静観していた小田原城の北条氏康が動いた。


 三ツ者からの情報によると甲斐国へは向かわず、そのまま駿河の今川を

助けに行くという。


 (ついに動いたか・・・。)


 これに対し、信玄は本隊2万を率いて東に進み、

薩垂峠に近い興津(今の静岡市清水区)に布陣して北条軍を待ち構えた。


 しかし、北条の出陣を受けて奮起した今川勢が駿府まで勢力圏を回復し、

武田軍は敵中で孤立してしまった。


 「致し方ない、撤退する。」


 信玄はいったん本隊を退けることにした。

だが、駿河での勢力圏を失いたくない信玄は、

穴山信君に留まってもらい駿河江尻城(今の同清水区)を死守するように命じた。


 (いつも戦ができねぇと言われているが、わしだって戦はできるのだ。)


 信君はこう思い、闘志を燃やした。


 結局、武田軍本隊は撤退戦で北条軍の追撃を受けて大きな損害を被った。

だが、その後今川勢に攻め込まれた江尻城は信君が激闘の末、死守して見せた。


 信君が守り抜いた江尻城はこの後、再び駿河侵攻をするうえで

重要な拠点になるのであった。

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