第66話 駿河を踏む

 永禄11年(1568年)春、父の信虎から手紙が届いた。


「何々・・・、父上は都の方に向かったとな。」


 「恐らく駿河はもうすぐ戦乱に見舞われるから逃げたのでしょうな。」


 「まぁ、それもそうだがこのわしからも逃げたのであろう。」


 「と、言いますと?」


 「父上がそのまま駿河にいればこの武田家が駿河を奪ったときに

わしの邪魔になる。だから逃げたのであろう。」


 「なるほど・・・。」


 感心する側近の金丸平八郎であったが、信玄は途中でこんなことを思った。


 (父上は義信駿河入りの計画を知っていたのか?・・・基本的には

今川家重臣たちの機密情報であるから知ることはないのであろうが、

もし父上がそれを知っていて主導していたとしたら・・・。)


 だが信玄はそれを頭の中でかき消した。


 (ありえないか。父上からは今回も含めて沢山の手紙をもらっているし・・・。)


 しかし、信虎が主導していて失敗したから逃げた、とも受け取れる。


 (まぁ、終わったことであるしどちらでもいいか。)


 最終的にこう思う信玄であった。


 

 「信君よ、徳川家との同盟締結の交渉はどうだ。」


 「順調に進んでございます。」


 「そうか、それはよかった。」


 この年の夏、武田家は三河の大名、松平家康改め徳川家康との同盟締結に向け

穴山信君が交渉に入っていた。


 駿河の今川家を両者で挟み撃ちにする狙いである。


 そして同年秋。


 「御屋形様。」


 「おお、どうした信君。」


 「徳川家との同盟交渉ですが、見事同盟を締結させましてございまする。」


 「そうか、それはよかった。」


 この同盟の持つ効果は大きく、今川家からは早くも内応者が現れた。


 「葛山氏元にございます。」


 「この度の内応は価値がある。だから必ず恩賞を与えるぞ。」


 「ははー!!」


 今川家家臣の葛山氏元が武田家に内応するなど、駿河攻めへの準備が進んだ。


 

 「皆の者、よく聞け。」


 この年も晩秋に差し掛かったころ、信玄は重臣一同を躑躅ヶ崎館に集めた。


 「11月中には出陣の準備に入り、12月までに駿河を攻める!」


 「おお、いよいよですな!」


 こうして武田軍は駿河攻めに入った。


 11月末に2万の大軍を古府中に集めた信玄は12月初めに古府中を出陣した。


 「皆の者、この駿河攻めの結果が武田家の命運を握っている!

気合を入れていくぞ!!」


 「オー!!」


 重臣の工藤源佐改め内藤昌豊が軍団を鼓舞して気合十分で駿河へ向かった。


 古府中を出発した信玄率いる武田軍は途中、下山城の穴山信君勢を加えて

南下し甲駿国境に達した。


 「ここは・・・。」


 ふと信玄は立ち止った。


 信玄が今いるところは20年以上前に父、信虎を追放したところである。


 (善徳寺の会盟の時にも通ったがあの時は何とも思わなかった。

でも、今ここを踏んでみて何か特別な思いがする・・・。)


 「お、御屋形様・・・?」


 「ん、ああ、何でもない。先へ進むぞ。」


 一歩ずつ、一歩ずつ歩みを進める信玄だが、少し心配な要素があった。


 ・・・北条氏康である。


 三つ者からの情報によると氏康が小田原城に軍勢を集めているという。


 (後々今川家を助けにやってくる可能性もあるが、その時はその時じゃ。)


 信玄は北条の動きにビビっては動けないと判断し、ひとまず進軍して

臨機応変に対応しようと考えていた。


 「ご注進!今川勢1万余が薩垂峠に布陣しました!」


 「問題ない。そのまま進軍すれば自ずと崩れていく。」


 「は・・・。」


 実のところ信玄は今川家重臣を幅広く調略しており、

武田軍が今川勢に迫ると今川家重臣が次々と武田軍に加わり、

残された部隊も総崩れとなって逃げ散った。


 (戦は槍を交えるときには終わっているのじゃ・・・。)


 こうして一戦もせず進軍した武田軍はあっという間に駿府を占領した。


 「・・・氏真はどこに逃げたのじゃ。」


 「はは、どうも遠州掛川城の朝比奈泰朝のもとに逃げたようです。


 「そうか、氏真にも忠臣がいるものじゃな。」


 こう言って笑った信玄だが、駿河攻めはこう簡単に終わらないのであった。

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