第65話 返礼の品

 「義信はどうしておる・・・。」


 「は・・・。」


 「義信はどうしておると聞いているのじゃー・・・!」


 こう言って信玄は泣きじゃくる。

信玄が泣く姿を見るのは初めてという家臣も多かったが、

過去に見たことがあるという老臣たちも驚くほど泣いていた。


 そして信玄は義信が生きている、と答えてほしいのか

しきりに義信の様子を聞いてくる。

 これには家臣も答えに窮すばかりであった。


 ただ、信玄は3日後には元気な姿を見せていた。

多くの家臣は御屋形様は立ち直った、と考えていたが

甲斐から遠い越後国に信玄の様子を一番心配する武将がいた。


 ・・・上杉輝虎である。


 上杉政虎改め上杉輝虎は実のところ信玄を心配していた。


 (長男を失った衝撃はすさまじいものであろう・・・。)


 そして、輝虎は何か前にもらった言葉のお返しをできないか、

と思い何がいいか考えた。


 そんな時である。

今川家と北条家が手を組んで海がない武田領に送っている塩を止めたのである。

 信玄にとっては内に秘めた悲しみが消えない中での仕打ちであり、

心が折れそうになった。


 そして、何より領民たちが苦しかった。

塩がなくては何もできない、と領民たちが躑躅ヶ崎館に押しかけてきた。


 「何とか塩をもらえねぇですか。」


 「んー・・・、悪いがこちらも塩がなくてな・・・。」


 「それでは困るんです。」


 塩不足が領内各地で起こり、一揆の噂も流れるなど

情勢も不安定になってきた。


 (これはまずい・・・。)


 頭を抱える信玄だったが、そんなある日のこと。


 「何?越後の輝虎から矢文じゃと・・・?」


 「はい。御屋形様、これを・・・。」


 「何々・・・、なんと!塩を送ってくれるとな!?」


 「そ、それはまことですか!?」


 「うむ!困っている領民を助けないわけにはいかぬ、と書いてある。」


 「よかったですな、御屋形様!」


 これには家臣たちも大喜びだった。


 (そうか、あの時のお返しか・・・。)


 信玄は改めて贈り物をしておいてよかったと思った。

信玄の贈り物作戦が今になって功を奏したのである。


 その後、信濃を通じて甲斐にも塩が届いた。


 「これは十分な量じゃ。」


 今度は輝虎に元気をもらった信玄なのであった。



 「さぁ、元気になったから軍団の再編に取り組むとするか。」


 早速、信玄は義信と虎昌を失った武田軍の再編に乗り出した。


 「飯富昌景はおるか。」


 「はは、ここに。」


 「昌景は途絶えている山県家を継いで山県昌景と名乗れ。」


 「はは!」


 「そして昌景には虎昌の代わりに重臣を担ってもらう。」


 「それはまことですか!?」


 「そうだ、虎昌の心も背負って頑張るがよい。」


 「ははー!!」


 「そして、この武田家の跡継ぎだが・・・。」

 「勝頼しかおらぬな。」


 「私でございますか。」


 「そうだ、ほかに誰がいるというのだ。」

 「・・・だが、そなたは今、高遠氏を継いでおる。

このままでは困るから古府中に戻ってまいれ。」


 「ははー!!」


 こうして甲斐に戻ってきた勝頼だが、家臣たちからは

諏訪の人と思われており、今後も諏訪四郎と呼ばれることが多かったという。


 こうして迎えた永禄11年(1568年)正月。


義信事件など去年のことを洗い流してこの年を歩むと

心に決める信玄なのであった。

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