第63話 虎昌の苦悩

 「虎昌、少し話がある。」


 こう言って義信は戦場から帰ってきたばかりの虎昌を呼びだした。


 時は永禄9年(1566年)11月。

武田家は上野の長野業盛を自刃させて西上野を掌握していた。


 「わしも疲れていますので手短にお願いしたい。」


 「秘密の話なのだが・・・。」


 「・・・何!?甲斐を脱出して今川家を継ぐとは・・・、

義信様は何をお考えで!?」


 「し、静かに・・・。だが、私は本気だ。」


 「そ、そのようなことをすれば、御屋形様と戦を交えることにも・・・。」


 「構わぬ。父上に勝つ自信はある。」


 「そ、そういう問題ではなくて・・・。」

 「ではこのわしはどうすれば・・・。」


 混乱する虎昌に義信は、


 「当然、この私についてきてくれるよな。」


 と虎昌の混乱に付け込んで強引に承諾させようとした。

しかし、虎昌も真っ先に信玄のことが思い浮かび、


 「絶対にお止めくだされ!!」


 と止めに入ったのだが、


 「誰が止めに入ろうとも、この私の決意は揺るがぬ。」


 義信の決意の固さに虎昌は困惑し、


 「御屋形様に伝えてくる!」


 と言って部屋を出ようとしたが、ここで義信が一刺し。


 「もしそのことを話しに行く決意なら、こちらも対応するまで。」


 そう、ここは義信の曲輪。義信の家来が虎昌の道を塞いだ。


 (義信様は本気なのだ・・・。)


 虎昌は悩む。

なぜなら信玄とも義信とも関係が深いからだ。

当然ながら虎昌は信玄の家臣。でも義信の側に昔からいる虎昌は

義信から解放された後も告げ口できずにいた。


 (わしはどうすれば・・・。)


 さらに翌日、虎昌のもとを居候中の氏真が訪れて、


 「義信様が今川家を継いでくれれば虎昌殿は今川家の中で

今以上の待遇を受けることができる。」


 と虎昌を誘った。


 (もしこの計画が実行されれば、必ず御屋形様と義信様は戦になる。

どちらとも戦いたくない・・・。)


 虎昌の苦悩は続くのであった。



 「なんと、それは・・・!!」


 今川家の重臣たちは驚きを通り越して慌てふためいた。


 永禄10年(1567年)夏。

駿府に氏真からの手紙が届き、義信の当主就任を打診されたのである。


 (いったい氏真殿は何を考えているのだ・・・。)


 家臣たちはなんとか氏真と話す場を設けようと考えたのだが、

何せ甲斐にいる氏真とのパイプがなかった。


 (とはいえ、よろしくとだけ言われても・・・。)


 駿府は混乱の極みとなったが、重臣の朝比奈泰朝の発言で混乱が収まった。


 「こうなったら義信様を受け入れてはどうですかな。

どうせ氏真殿は戻ってこないでしょうし、義信様は優秀と聞いています。」


 「確かに、今川家をまとめ上げることができるのは義信様の他にいないか。」


 家臣たちは氏真の態度にうんざりしていただけに、

逆にこれを受け入れて今川家の再興を図る方が堅実であると考えた。


 事態は義信駿河入りへと進んでいたが、義信の父である信玄はというと、


 「駿河攻めも間もなくであるな。」


 と義信の計画を全く知らずに駿河攻めに闘志を燃やしていた。


 信玄も、そして義信も、これから起こる事態を予測できずにいるのであった。

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