第60話 力勝負なり

 「上杉よ、早く倒れろ。」


 「武田め、何度も回り込みよって!」


 両軍が膠着状態になっている・・・。

それもそのはず、今まさに信越国境の領土問題を相撲で決着すべく

両家から送り出された力士が相撲を取っているからだ。


 (なんとか武田家の領地とわしの領地が増えますように・・・。)


 (なんとか上杉家の領地とわしの領地が増えますように・・・。)


 両軍の家臣たちが固唾をのんで見守っていた。


 ことの発端は両軍が再び川中島で相まみえたこと。

しかし、両軍ともに長い戦も前のような激闘もしたくはなかった。


 そこで信玄からの提案で両家から一番強い力士を出して相撲で

決着させようということになったのだ。

 当然、勝った方が係争地を取ることになる。


 その相撲の一番は最初こそ武田方が立ち合いを変化させて挑んだが、

終盤は取っ組み合っての力勝負になった。


 (いいぞ、押しているぞ・・・!)


 最後の最後まで武田方が有利だったが、


 どてん・・・!


 際まで追い詰めたところで投げられて逆転負けを喫した。


 「御屋形様、やはり相撲で決着させるより戦ですぞ。

こんな相撲で負けて領地を奪われるなど、許せませぬ。」


 重臣数名が陣地を飛び出して戦をしようとしたが信玄がそれを制した。


 「我らは信濃に執着する必要がない。むしろ駿河だ。」


 こう言って信玄は負けを認めて海津城より北を上杉方に明け渡した。


 時は永禄7年(1564年)8月。

信玄は信濃の問題が解決してすっきりとした気分なのであった。



 「何、尾張の織田信長から密使じゃと?」


 信玄は少し驚きの表情を見せた。


 永禄8年(1565年)夏。

尾張織田家の密使を名乗る人物が躑躅ヶ崎館を訪れた。


 「何々・・・、この武田家と同盟を結びたいじゃと・・・?」


 「はい。わが織田家も美濃をもうすぐ奪うことができます。

そうなれば美濃と信濃は接しておりますし、何より武田殿は駿河を狙っている

と聞き及んでおります。とすればわが織田家も今川家と敵対していますので

武田殿に損はないかと。」


 (ふむ、確かに美濃の斎藤家は滅亡寸前と聞いているし、

織田家が美濃を奪えば領地も接する。後々のことは置いといて

今は同盟を結んだ方がいい。)


 「・・・基本的には賛成じゃ。一応重臣とも話がしたいから

明日まで留まってくれぬか。」


 「かしこまりました。」


 こう言って密使は下がっていった。


 その後、重臣たちに話したが特に異論は出ず、同盟締結の方向で

話を進めることにした。


 「織田家家臣、織田掃部にございます。」


 同年の秋頃、織田家から正式な使者が来て同盟を締結することになった。


 「婚約の件は大丈夫でしょうか。」


 「うむ、問題ない。」


 両家は縁組をすることになり、信長の養女と信玄の四男、勝頼との

婚約が決められ、後日輿入れすることになった。


 (織田信長とは今は同盟関係になったが、いつか対決する日が

来るであろう。)


 信玄はいつか来たるであろう信長との戦に想像を膨らますのであった。

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