第59話 夢を語る

 「皆の者、わしの話を少し聞いてほしい。」


 ある日の評議の直前、全員が集まったのを確認した信玄が

ある話を切り出した。


 「この頃の武田家は何かといざこざが絶えなかった。

これはどうしてだと思うか。」


 「信繁殿がいないせいでしょうかな。」


 「うむ、それもそうだがもっと根本的なことがあると思う。」


 ここで高坂昌信が手を挙げた。


 「お、昌信はなんでだと思う。」


 「はは、川中島の決戦以降、武田家の進むべきところ、即ち目標がないのかと。」


 「その通りじゃ。」


 「では、駿河攻めを目標に掲げるのでござるか。」


 馬場信春がこう言ったが、信玄は首を横に振った。


 「駿河もそうじゃが、その先のことじゃ。」


 「おお、では上洛を目標にするのでございますか。」


 虎昌がこう言ったが、信玄は


 「上洛はその通過点じゃ。」


 というので重臣たちは頭を抱えてしまった。


 「御屋形様のお考えを聞きたく存じまする。」


 一門の小山田信茂が答えを求めた。


 「・・・天下統一じゃ。」


 「天下統一・・・!!!」


 重臣たちは驚きの表情を見せた。

なぜならこの当時、上洛して室町幕府の再統一を助ける、というものはあった。

しかし、自らの家が天下を取るというのは聞いたことがなかった。


 「室町幕府の再統一を助けるの間違いでは・・・。」


 秋山信友が思わずそう聞き返したが、


 「それは違う。我らは甲斐源氏。征夷大将軍は源氏と平氏がなれる。

だから我らも日本を統べれば幕府を作れるのじゃ。」


 「しかし・・・、今の将軍家は・・・。」


 「構わぬ。そんなの何とでもなる。力を持てばな。」


 ざわつく重臣たちであったが、


 「このわしの身勝手な夢だが、ついてきてくれるか。」


 この信玄の一言で重臣たちも本気だと思った。


 「ははー!!」


 重臣たちはあまりに大きな夢を持つ信玄にひれ伏したのであった。



 「駿河攻めまで時間もあろうから軍備をさらに整えなければならぬ。」


 早速、信玄は夢の実現のために兵士の訓練や鉄砲の買い付けなど、

準備を始めた。


 そして時は進み永禄6年(1563年)11月。


 信玄は北条氏康からの援軍要請を受けて上野に出陣した。


 (氏康殿としては関東は自らで治めたいはず。なのに上野に領地をあげるから

援軍を出してほしいとは、よっぽど長野業盛に手を焼いているのだな。)


 北条家からの援軍要請の対象は上野国箕輪城主長野業盛。

この業盛の父、長野業正とは何度か戦をやったことがあったが、

戦上手でなかなか落とせなかった。

 そしてその業正が病死したあとは北条家に任せていたのだが、

結局落とせず、箕輪城を渡してもいいから援軍を出してくれ

とのことだった。


 「なるほど、長野勢は依然として結束力があるな・・・。」


 実際に戦をしてみると業正の時のように戦術を使ってくることこそ

ないものの兵士たちの結束力が高く、結局箕輪城にも近づけなかった。


 (このようでは天下どころではないな・・・。)


 こう思った信玄だが、一方で収穫もあった。


 これは上野でのとある戦の時のこと。


 「前線で奮闘しているあの者の名はなんという。」


 前線で長野勢に劣らず奮闘する一人の武士がいた。


 「はは、恐らく飯富虎昌殿の弟、飯富昌景かと。」


 たまたま近くにいた侍大将の浅利信種が答えた。


 「ほう、あの昌景か・・・。」


 「あのとは・・・、知っていたので?」


 「あ、ああ。武勇に秀でた者と聞いておる。」


 信玄はあのことを思い出した。


 川中島のずっと前に兄の虎昌はつられやすいから昌景に見張っておけ

と言ったことを。


 (昌景は身長が低く普段見かけると全く怖くないが、戦に出ると物凄いな。)


 信玄はそのギャップに興味を持った。


 この戦の後、信玄は事実上負け戦だったのにも関わらず、

昌景に感状を与えた。


 「ありがたき幸せ!」


 昌景は信玄の心配りに感服したという。


 (昌景は虎昌の弟だがかなり年の差がある。今後が楽しみじゃ。)


 信玄は昌景をこれから上洛し、天下を取るために欠かせぬ人材であると

見据えて育てていくことにした。


 信玄の野望は果てしなく先なれど、着実に進んでいるのであった。

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