第58話 天下の夢

 (何とか信繁に代わる者はいないものか・・・。)


 信玄はそう思い、重臣たちを見るが、


 (信繁ほど周りに気づける者はなかなかいないものじゃ。)


 結局見つからず、かといって力で、信玄の権力で

押しつぶすのもどうかと思っていた。


 そんな今日も一門と譜代の言い争いが絶えず、

さすがの信玄も気が滅入りだしていた。

 だが、ここで救世主が現れる。


 「皆の者、私の話を聞かれよ!!」


 父親譲りの大きな声でその場を静まらせたのは、侍大将を務める

小幡昌盛だ。


 「半年前に亡くなった我が父、虎盛はこう言葉を遺した。

“この小幡家は他国者だから、よく身の程を知れ”と。

ここにいる者、生まれや立場はそれぞれだ。でも、少しは

身の程を知った方がいい。我らは皆、御屋形様の家臣だ。

その家臣が御屋形様を困らせてどうするというのだ。」


 この昌盛の言葉で言い争っていた皆が反省をした。


 (そうか、虎盛がそのような遺言を・・・。)


 信玄も涙をこぼした。

昌盛の勇気ある発言と亡き虎盛の遺言に感動したのもそうだが、

何よりこの武田家になんていい家臣がいたのだろう、と思い感動していた。


 (小幡昌盛よ、確かに元は他国者かもしれぬが今日の恩は必ず返すぞ・・・!)


 これ以降、昌盛は譜代と同格の扱いを受けることになり、またそれは

他の他国生まれの家臣も一緒だった。


 (確かにわしも気づかぬうちによそ者扱いしていたのやもしれぬ。)


 信玄はこう思うと同時に、昌盛にものすごい勇気をもらった。

職務にも精が入るようになり、家中の争いも姿を消したのである。


 一安心した信玄だが、依然として火種が残っている状況にあるのに

変わりはなかった。


 そこで信玄は側近の中で一番、気を配れる曽根内匠(孫次郎)に命じて

家中で誰かが愚痴をこぼしているなどの火種を見つけたら対処するようにした。


 (何とか駿河侵攻の好機までには、家が立ち直るとよいのだが・・・。)


 信玄がこう思っていると、三河国から急報が届いた。


 「ふむ、三河で一向一揆とな・・・。」


 その一報によると三河の松平家康領で一向一揆が発生し、

松平家家臣の中でも家康派と一向一揆派で分裂が起こっているようだ。


 (ということは松平も今川どころではなくなるな。)


 信玄は今川家が危なくなるのも遅れると判断し、それまで軍備を整えて

来たる戦に備えることにした。


 そして、ふとこんなことを考えた。


 (各地で一向一揆が起こっているが、なにゆえ一向一揆はあれほど強いのか。)


 しばらく考えた信玄だが、導き出した結論は、目標だ。


 (そうか、一向一揆は一向宗のために戦っていれば、その途中で死んでも

極楽浄土に行かれるという目標がある。だからあれほど強いのだ。)


 さらに信玄はそれを武田家と重ね合わせてみた。


 (そういえばあの川中島の決戦以降、この武田家には大きな目標がない。

だから家臣がバラバラになり乱れてしまうのか・・・。)


 そこで信玄は武田家の新たな目標を定めることにした。


 (我らは攻め続けなければならぬ。その先にあるものは・・・、

そうか、天下だ。天下統一じゃ・・・!)


 信玄も今は沈静化しているものの病を抱えている。

だから天下統一は難しいかもしれない。

 でも、目標は一人で成し遂げるものではない。

例え自らが早く亡くなっても、その後子孫たちが目標を引き継いで

天下統一を成せば、それでもよかった。


 (だが、死ぬ前に一つは成し遂げたい・・・。)


 そう思った信玄は自分一代の目標を決めた。


 ・・・上洛である。


 自らが軍勢を率いて駿河から遠江、三河、尾張、そして美濃、近江と

制圧し、近江の瀬田(今の滋賀県大津市付近)より満を持して上洛する。


 (それしかない・・・!!)


 こうして信玄は近いうちに評議にてその目標を、夢を伝えることにした。


 (やってやるぞ・・・!)


 信玄の冷え切っていた血も、再び沸き立つのであった。

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