第57話 争乱の懸念

 「だからあの時、私はこう言ったのだ。」


 「信君殿に言われる筋合いはない。」


 「何じゃと・・・!!」


 今日も評議で聞かれたのは罵り合いであった。


 先の編成で一門衆を多く起用した信玄だが、それが失政となってしまった。

一門たちは少し偉くなった途端に色々口出しをするようになり、

譜代、股肱の家臣との言い争いが絶えなくなってしまった。


 「二人とも、落ち着きなさい。」


 信玄が諫めても、


 「信友殿が悪い。」


 「いやいや、信君殿が悪いのです。」


 などと子供の喧嘩のようになってしまう。


 この悪い雰囲気は領内中に蔓延し、地方でも訴訟沙汰が増えてきている。


 (これは危ないな・・・。)


 こう思った信玄は


 「なんとかこれを抑えてくれ、信繁・・・。」


 と思わず戦死した人を呼んでしまった。


 (そうか、これは一門の格を上げたのも原因だが、何より信繁がいないから

それまで信繁が摘んできた火種に火がついておるのか・・・。)


 信繁の生前の働きを改めて痛感する信玄であった。


 そんな武田家だが、次の当主は義信であると決めた信玄が

四男、信勝を途絶えている高遠諏訪氏に養子に出すことに決めた。


 「信勝よ、ぜひ高遠家を継いでもらいたい。」


 「・・・はい、わかりました。」


 「でな、諱を変えたらどうかと思ってな。」


 「・・・どう変えるのですか・・・?」


 「高遠家の通字、頼をつけて勝頼、というのはどうじゃ。」


 「それは大変いい名にございます。」


 「そうか、では今年中に高遠氏を継いでもらうことにしよう。」


 信玄は義信を信頼し、当主候補として残っていた信勝を

養子に出すことにした。


 (信勝は頭が良くて尚且つ強さも持っているから

将来、義信の補佐として頑張ってくれるであろう。)


 信玄は信勝にも期待を込めた。


 

 「何、父上から手紙が来たと?どれ、早く見せるのじゃ。」


 この年の冬、駿河にいる父、信虎から手紙が届いた。

ただし、いつもは一緒に今川家の印も押してあるのだが、

今回はそれがなかったので秘密の手紙だった。


 “晴信よ、どうやら信濃で凄い戦をしたそうじゃないか。

疲れているであろうから今すぐでなくてよいが、駿河が危ないのじゃ。

どうも尾張の織田信長と三河の徳川家康が同盟を組むそうだ。

もしそうなれば今川はあと5年ともたない。だから駿河に攻め込む用意を

してほしい。そうなればわしは都の方に逃げるから心配せずに準備してほしい“


 (・・・駿河がそんなに危ないとは・・・。)


 信玄は少し信濃で戦をしている間にこんなに情勢が変わっていたのか、

と驚いた。

 三河では松平家康が勢力を着々と拡大させている。


 (あと5年と持たないのか・・・。)


 信玄の気は焦る一方だが、それに反するように家中のいざこざは

しつこく残っており、とても攻め込める状況ではなかった。

 そして、川中島の戦いも勝敗つかずのため

また戦があってもおかしくなかった。


 (家中がまとまっておらぬから、今政虎に攻め込まれたら・・・。)


 こうも思った信玄だが、政虎が動く気配はなかった。


 実のところ、政虎は揉め事で弱っている武田家を攻めるのが

弱い者いじめのようで嫌だったのだ。


 ひとまず政虎との戦の懸念は少ないものの、

駿河は争乱の懸念が増しており、また武田家中も沢山の火種を抱え

先が思いやられるのであった。

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