第52話 実の関係

 永禄4年(1561年)5月。

小田原城を落とせず逆転負けを喫して気落ち気味に帰国した上杉政虎のもとに

一つの矢文が届いた。


 「なんと、信玄坊主から矢文とな・・・。」


 政虎は驚きつつ文の内容を読むと、それを閉じたころには涙を流していた。


 “政虎に伝える。この度我が軍では孫子の兵法にある一文、疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷霆、これの始め四つを

旗にすることにした。そして最後の二つはこの信玄よりも政虎の方が合うから

政虎に使ってほしいと思っている。なぜなら、政虎の素早い動きは知りがたく、

そして攻撃は雷霆のように恐ろしいからである。政虎よ、また元気に川中島で

会おうではないか。信玄より”


 「信玄よ・・・、このわしを認めてくれたのはおぬしだけじゃ・・・。」


 政虎は涙をこらえることができず、家臣の前で号泣したという。



 「そうか、政虎は喜んでくれたか。それは結構。」


 三ツ者からの報告を受けた信玄は上機嫌であった。


 「喜兵衛よ、わしがなぜ贈り物をしたのか理由はわかるか?」


 信玄は近くにいた武藤喜兵衛に聞いてみた。


 (喜兵衛は評議にいなかったから知らないだろう。)


 と思っていたが、


 「はい、わかります。」


 「ほう、どうしてだと思う?」


 「上杉政虎はこの日本で一番、義にあつい男ですが理解者が少ないため、

孤独です。だから敗戦もあって落ち込んでいる政虎を認めて

元気にさせることで早く決戦に持ち込むことができます。

 この武田家は駿河を狙っているので政虎との決戦は

早いに越したことはありません。

 そして、いつか武田家が苦しいときにお返しで

助けてくれることも考えられます。」


 (う・・・!!完全に読まれている・・・。・・・そうか、喜兵衛には

勘助と幸隆の血が流れているのだから無理はない。聞いたわしが馬鹿だった。)


 「・・・その通りじゃ。さすがはあの二人の家系だ、既にこれが分かれば

将来大物になれるぞ。」


 「御屋形様、実のところお願いがございます!」


 「なんじゃ、問題を解いた褒美で何でも聞いてやるぞ。」


 「御屋形様の軍師、勘助殿に教えを受けとうございます!」


 「・・・待て、わざわざわしに言わずともおぬしの祖父ではないか。」


 「ですが・・・、祖父にしては偉大すぎまして・・・。」


 「喜兵衛よ、勘助も前に言っていたぞ。わたしの後継が欲しいと。

だから勘助の後継者になりたい、とでも申せば鼻息出して教えてくれるぞ。」


 「それはまことですか!?」


 「うむ。勘助は・・・、今この館の中にいるから行ってまいれ。」


 「え、今ですか・・・。」


 「そうじゃ。こういう話は気分が高まっているうちに言うのがいい。

わしのことは構わぬから願い出てまいれ。」


 「そうですか!では、行ってまいります。」


 こうして喜兵衛は勘助のいる曲輪の方に走っていった。



 「これはこれは、どうした喜兵衛?」


 「お時間のある時でいいので、この喜兵衛に学問を教えてください!!」


 「それはまたどうして。」


 「おじうえの後継者になりたいです!!」


 「おお、そうか。このわしの後継者に・・・、そう言ってくるのを

待っていたぞ。」


 こうして、喜兵衛は勘助の持ちうる全ての知識を

受け継ぐことになるのである。



 「御屋形様、少しお話が・・・。」


 こう言って入ってきたのは穴山信友の跡を継いだ穴山家当主、

穴山信君である。


 「何か駿河で動きでもあったのか。」


 「いいえ、今日はその話ではなくて・・・。」


 「ではどうしたのじゃ。」


 「真田幸隆殿についてこのような話を耳にしまして・・・。」


 「なんと、幸隆は勘助の実子ではないじゃと!?」


 「・・・本当かどうかは知りませぬが元々、全く関係がなく、

ただ有能な幸隆を取り入れたいという思いから

勘助が実子であると言ったと・・・。」


 「牢獄の中にいる有能な幸隆を取り入れるために実子だと言って

命を救った・・・あり得ぬ話ではないな。」

 「ということは喜兵衛と勘助も・・・。」


 「祖父と孫ではない、ということになります。」


 (だから願い出にくそうにしておったのか・・・。)


 信玄も一瞬、そう考えたが喜兵衛は勘助の教えをよく聞いているとの

報告も受けていた。


 「じゃが、喜兵衛のこともあるからあまり突き詰めないほうがよかろう。」


 「承知致しました。」


 こう言って信君は下がっていった。


 (幸隆とは何者なのじゃ・・・。)


 気づけば空はもう暗く、信玄はそのことを星に尋ねるばかりなのであった。

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