第50話 惣領たる決意

 (関東に入ったばかりの景虎にこんなにも大軍が集結するとは・・・。)


 北信濃に向けて出陣した信玄は馬上で忠義について考えていた。


 今回の景虎侵攻は11万を超える大軍に膨れ上がっていた。

いくら関東管領を引き継ぐ予定の景虎とはいえ、北条家の家臣からも

裏切りが出ているのには信玄も考えさせられた。


 (関東の諸将には北条家への忠義が全くないのか。・・・もし、日本中の

武士に忠義が全くなかったら、武田家の中でも沢山の裏切り者が出ているはず。)


 だが、武田家の諸将は信玄にしっかりと仕えており、裏切り者も

勝沼信良しか出ていない。


 信玄は馬に揺られながらしばらく考えて、ある結論に至った。


(そうか、家臣たちは将来と現実を見る目の間で揺れていて、

忠義とは現実なのだ。)


 そう、将来と現実を見る目は家臣自体にあり、その間で揺れているが、

忠義とは現実の行動であり、例えば将来、主家を乗っ取ろうと企んで

仕えていても乗っ取るまでは忠義を尽くして仕えているようにも

見えるのである。


 (家の惣領たる者はやはり家臣を大事にするのに尽きる。

そうすれば家臣は仕えているという現実と今後も大事にされるという将来で

揺れなくなる。だが、大事にすることが足りなければ現実は仕えていても

将来が不安になりその間で揺れてしまう。中には信良のように状況が不安で

裏切ってしまう者もいるが、基本的に惣領の愛情は状況に勝る。

だから大事にすることで将来も仕えてもらうことができるのだ。)


 さらに北条家の現状については、


 (北条家は関東を治めてまだ日が浅い。だから今後も

関東の諸将を大事にしていけば愛情が蓄積される。)


 こう思い、とにかく今の難局を乗り切ることが大事であると考えた。


 (そのためには我らが北条家を助けねばならぬ。)


 信玄がこんな思いに浸っていると、


 「御屋形様、まもなく海津城に着きます。」


 「おお、そうか。」

 「どんな城ができたのか、入ってみようじゃないか。」


 海津城は当初の設計通り、比較的平な形状で

軍勢が動きやすい構造になっていた。


 「これはわしが思っていた通りの城だ。」


 ご満悦の信玄のもとにさらに嬉しい知らせが届く。


 「御屋形様、勘助でござる。」


 「おお、勘助。どうした。」


 「又蔵、甚助経由で始まった越中の神保家との同盟交渉ですが、

今月から正式な使者と神保家当主、神保長職との間での交渉に発展しまして

見事、同盟締結を成し遂げましてござる。」


 「おお、それは良かった。これで景虎もうかうか関東にいられまい。」


 そして、さらに関東より報告が入り、


 「景虎は小田原城に攻め入るも落とせず、鎌倉にて管領職を引き継いで

上杉政虎と名乗った後、味方の崩壊もあって引き上げている様子です。」


 「ほう、味方の崩壊とな・・・?」


 「はは、どうも忍城城主、成田長泰が景虎に対して家格の違いから

馬を下りなかったことで揉め合いになり、それを発端として

軍勢が瓦解したようです。」


 (所詮烏合の衆であったな、政虎。)


 信玄は景虎の無様な撤退の様子をあざ笑うと同時に

景虎との決戦に向けて、

 “武田家の惣領”たる決意を固めるのであった。

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