第48話 景虎、関東へ

 「義信は勉強に精進しておるか。」


 「はい。勉強に励んでいるようです。」


 (義信も大人なのじゃが、ついつい気にかけてしまう。)


 こう思いつつも信玄は笑顔を浮かべた。


 桶狭間の戦いで敗れた今川家は、義元の長男、氏真が後を継いだのだが

蹴鞠しか能がないような人物で衰退の一途をたどっていた。

 さらに、三河では松平元康が岡崎城にて事実上、独立して

松平家康と改名した。


 「そうか、元康は元の字を捨てたか。これは今川に対する敵対行為じゃな。」


 信玄は今川義元の元の字を捨てたことで敵対行為だと言ったが、


 「それが・・・、まだ今川家の家来として駿府に出入りしているようで・・・。」


 三ツ者の報告に信玄は家康の立場を理解した。


 (ふむ。家康は中立することで生き残りを図っているな・・・。)


 今後、しばらくの間、松平家は中立状態のままで

ひそかに勢力を拡大していくのである。


 

 「御屋形様、報告がござる。」


 この年の秋ごろ、勘助が高坂昌信を連れてやってきた。


 「勘助と昌信・・・、海津城ができたのか!?」


 「はい。そのご報告でござる。」


 去年から工事が進められていた海津城がついに完成したのである。


 「これでいつ決戦があっても大丈夫じゃな。」


 「そこでですが、相談いたしたきことがござる。」


 勘助の要望により、信玄と1対1で話すことになった。


 「長尾との決戦でござるが、さらにこちらから仕掛けてはどうかと。」


 「ほう。それはどういう・・・。」


 「越中国の神保家と結ぶのでござる。」


 「神保とな。ただ、つながりが・・・。」


 「つながりならこちらに。」


 そういって合図をすると、三ツ者の又蔵が出てきた。


 「又蔵・・・?」


 「又蔵にございます。・・・実は旧知の中で甚助という者がおります。

その甚助が今、神保家に仕えております。」


 「ほう。それでその甚助とやらはすぐに会えるのか・・・?」


 「はい。その甚助は今、越後に情報収集に行っております。

その越後での隠れ家を知っておりますゆえ。」


 「それはいいが、越後に入れるのか・・・?」


 「前よりも警備が厳しいのは承知しておりますが、一度経験しておりますので

くぐりぬけて見せます。」


 「そうか、では甚助とやらに話をつけてまいれ。甚助経由で神保の家臣と

つながり次第、交渉を始めるとしよう。」


 実は勘助がこのことを提案してきたのには理由があった。


 今、駿河はいつ大戦があってもおかしくない。

だから、景虎との決戦を早く行って全てを終わらせてから駿河に挑もう

という考えである。


 そして又蔵が甲斐を発ったその直後のこと。


 「御屋形様、越後の長尾景虎が関東に出兵する模様です!」


 「景虎の出兵を多くの関東武士が歓迎しています!」


 「景虎は上杉憲政から関東管領職を受け継ぐようです!」


 躑躅ヶ崎館内が慌ただしくなりだした。

長尾景虎は上杉憲政に代わって関東管領になり、上杉姓を名乗った上で

北条家に押し込まれた関東の諸勢力を助けるために出陣するという。


 (なるほど、景虎は信濃に出兵できない鬱憤を晴らしに関東に・・・。)


 こう景虎の心理を推し量った信玄だが、今後長尾勢は関東の諸勢力を

従えて膨れ上がることになり、武田家もまたその影響を受けることに

なるのであった。

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