第46話 桶狭間の知らせ

 「何、義元殿が討たれたと・・・。」


 驚きの表情を見せた信玄だが、実は想定していることだった。


 上洛のため大軍で出陣した駿河の今川義元が尾張の弱小大名、織田信長に

討たれたとの知らせは全国を震撼させた。


 永禄3年(1560年)春、2万5千の大軍で駿府を発った義元は

5月には尾張に入り、見晴らしの良い台地、桶狭間に布陣した。


 (信長は必ず奇襲を仕掛けてくる。)


 圧倒的な兵力差からこう感づいた義元は、そうはさせまいと警戒網を引き

松明の火をこうこうと焚いて夜討ちに警戒した。


 すると信長は家臣の籠城策の提案を押し切って豪雨の中出撃した。

梅雨の中でも中々の大雨であり、今川勢の松明の火も消えていた。


 そんな中、信長は手勢を二手に分けて自らが指揮を執る部隊は

今川勢の背後に回って今川軍本陣付近を突いた。


 「何があった、元信!?」


 「御屋形様、織田方の奇襲にございます!」


 「やはり来たか。」


 義元は重臣、岡部元信からの知らせを受けてこのままの位置では危険である

と判断し本陣を今川勢の前方に移した。


 だが、義元にとってここまでは織り込み済みであり、

この台地に軍を置いたのも奇襲されたときに上から攻撃をし返すためである。


 「信長よ、おぬしの考えた策はこんなものか。」


 そう言って笑ったその時であった。


 「ご注進!!前方より織田勢が攻めてきました!!」


 「何!?後方とは別の軍勢か!?」


 「はい、そのようにございます!」


 義元は絶句した。


 後方からの襲撃は予測していたものの、挟み撃ちに関しては想定外であった。

しかも今はこの大雨で松明の火が消えており、

まったく把握もできていなかった。


 (ま、まずい。今丁度本陣を前方に移動させたばかりではないか・・・。)


 そう、義元は完全に信長の罠にはまったのだ。

前から後ろから、義元の首だけを求めて襲い掛かってくる織田勢。


 (ひ、ひとまず生き延びることが前提だ・・・。)


 義元は敵の薄いところを狙って脱出を図ったが、遂に囲まれてしまった。


 「義元殿、ご覚悟っ!!」


 織田家家臣、服部小平太がまず槍を刺したが急所を外れてしまった。

しかし、そこを毛利新助が2番槍を突くと、その槍は義元の急所を一突きした。


 「ぐ、ぐぬぬ・・・!」


 槍を抜くと、義元は力尽きて倒れ込んだ。


 降りしきる雨の中、首を取った新助は、


 「毛利新助、今川義元を討ち取ったりー!!」


 と高々に声を張り上げた。


 すると総大将を失った今川勢は雪崩を打って台地を駆け下り、

駿河へと逃げ帰っていった。



 「うむ、織田信長とやら、見事であるな。」


 「感心している場合ではありませぬぞ。」


 馬場信春がこう言うと、


 「・・・ああ、済まない、思わず感心してしまった。」


 と信玄も本音をこぼす。


 「今川はこの後、間違いなく傾く。そうなれば攻め取ることも

考えねばならぬ。」


 こう言いつつ信玄は義信の方を向いた。

すると、義信は言いたいことを我慢しているようだった。


 (そうじゃ、義信。今は気に食わぬこともあるとは思うが、

立派になってわしの後を引き継いでくれれば後は何をやっても良い。

だから、そこまでの辛抱じゃ・・・。)


 評議が終わった後、信玄は義信の側に行き、義信の肩をポンッと叩いた上で

こう言った。


 「その悔しさを忘れず、跡を継いだ時に生かすことだ。」


 こう言って戻っていく信玄は若き日の自分を思い出すようであった。

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