第45話 海津の城

 「御屋形様、今が好機でござる。」


 「ふむ、確かに邪魔者がおらぬな。」


 信玄と勘助が話しているのは、善光寺平の拠点城についてである。


 武田家とって善光寺平への進出には軍勢を動かしやすい

平城の築城が欠かせなかった。

 今ある山城の葛尾城では何とも不便である。


 「御屋形様、海津にある清野氏の館跡は候補として如何でござるか。」


 「・・・悪くはないが、もっと川中島に近い方が・・・。」


 「しかし川中島は戦場のど真ん中、動きやすくはなりますが

落城も考えられます。」


 「なるほど、であれば敵に狙われにくい海津がいいか。」


 海津を元々治めていた清野氏の館跡を生かして城を作ることになった。

・・・海津城、後の松代城の築城開始である。


 海津の地は二つの川に挟まれた川中島より川を一つ越えた

南側にある場所である。


 川中島から川を挟むとはいえ、この一帯を抑えるには十分な位置であった。


 「・・・城の築城にはいかほどかかる。」


 「大方、1年あれば。」


 「わかった、ではそれまでに城将の面々も考えておくとするか。」


 「はは。では失礼いたしましてござる。」


 考えておくと言った信玄だが、実はもう面々は頭の中で固まっていた。


 (城将は重要な拠点だから複数人いた方がいい。ならば、高坂昌信、

市川等長、原与惣左衛門・・・、そして経験のある・・・)


 候補に比較的経験の少ない将が並ぶ中で信玄がキーマンとして挙げたのは、

・・・小山田昌辰である。


 小山田、とあるが甲斐国東部、郡内地方の小山田家とは別系統の小山田家で

過去には信玄初期の佐久攻めの際、重要拠点であった内山城を城将として

守った経験のある武将である。


 (昌信も頭はいいが経験不足じゃ、なれば昌辰に支えてもらうしかない。)


 こうして新しくできる海津城の城将が事実上、決まったのであった。



 「元服の儀、まことにおめでとうございます!」


 そう言って跡部勝資が涙を流した。


 年が変わり永禄3年(1560年)3月。

信玄の四男、四郎が元服を果たした。


 「四郎にも立派な諱を与えよう。」

 「信勝はどうじゃ。」


 「信勝、とてもいい名にございます。」


 「そうか!ではおぬしはこれから、武田四郎信勝じゃ。」


 「ははー!」


 四郎改め、武田信勝には経験のある側近をつけることにした。


 「勝資。そなたは前々から信勝を目にかけて世話をしてくれた。

だからな、これからは正式に信勝の側にいてほしい。」


 「それは嬉しき限りにございます。より一層、頑張ってまいります。」


 こうして信勝の側に経験豊富な勝資がつくことになった。

だが、信玄は同時にこんなことを思っていた。


 (勝資が信勝の方に行くとなると、実務をこなしてくれる家臣が必要だな。)


 そして信玄は新たに6人の若手の側近を迎えることにした。

その顔触れは以下の通り。


 金丸虎義の次男、金丸平八郎。

 真田幸隆の三男、武藤喜兵衛。

 曽根虎長の子、曽根孫次郎。

 甘利虎泰の子、甘利昌忠。

 長坂国清の子、長坂源五郎。

 三枝虎吉の子、三枝左衛門尉。


 この中でも信玄は特に金丸平八郎を可愛がった他、武藤喜兵衛は

後に真田昌幸となる人物である。


 話は戻り信勝の話だが、信勝の母親は諏訪姫である。

そのため、家中からは諏訪氏を継がせてはどうか、との意見も上がっていた。

 しかし、信玄はあえて武田家の中に残すことで

武田家次期当主の候補とした。

 

 そう、信玄は義信廃嫡も捨てきれずにいたのである。


 信玄は待っていた。

自らを納得させる義信の働きを。

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