第41話 義信、出陣

 「皆の者、話がある。よく聞け。」


 晴信は主だった重臣を全員集めた。


 「わしの病気は風邪ではない。」


 この一言で少しはざわめくかと思ったが、

重臣たちは固唾をのんで次の言葉を待っていた。


 「・・・結核じゃ。」


 「結核ですか、御屋形様!?」


 飯富虎昌が一番に声を上げると、


 「大丈夫にございます、御屋形様!体をいたわれば長く生きられると

聞き及んでおります。」


 と秋山信友がこう声をかけた。


 「ああ、その話は監物からも聞いておる。」

 「わしはまだ死なぬし、死ねぬ。わしも体には十分気を付けるから、

今後ともよろしく頼む。」


 「こちらこそ、よろしくお願いいたしまする!」


 重臣たちが揃って頭を下げた。

晴信は武田家の結束の強さを痛感したのであった。



 (う・・・、調子が悪い・・・。)


 年が明けて弘治3年(1557年)3月。

晴信の症状が再び悪化し、休息をとっていた。


 だが、重臣たちは今、長尾景虎が攻めてきたらどうしようか

という風に悩んでいた。


 結局、飯富虎昌が代表として武田家の方針を聞きに晴信のもとに

やってきた。


 「御屋形様。このようなときに申し訳ない限りですが、

今にでも景虎が出陣しそうな動きがありまする。

その時の総大将をだれにするか決めてほしく存じまする。」


 この質問に晴信は少し目を閉じた後にこう言った。


 「総大将は景虎と戦う時には義信じゃ。」


 晴信はあえて関係が悪い長男の義信の名を挙げた。

その時、虎昌は


 「承知いたしました。」


 と言って特に考えずその場を去ったが、

家臣たちはこの後、晴信のこの選択の周到さに驚愕するのである。



 「虎昌殿、越後の長尾景虎が信濃に出陣する模様です!」


 三ツ者の又蔵からの情報を受けた家臣団筆頭の虎昌は

晴信に代わって重臣たちを集め、

武田義信を総大将にして古府中を出陣した。


 桜吹雪の中を進軍する武田軍には晴信こそいないものの、

晴信のさまざまな思いを乗せており

その陣容や士気から晴信がいないことを想像するのは無理なほどであった。


 (私は総大将なのだ。戦で結果を残して父上に認めてもらわねば。)


 総大将の義信がそう気負うと、


 「そんなに気負わなくても、総大将を任されている時点で

認められているのです。」


 と虎昌が義信の心をほぐした。


 そして川中島付近に到着した後、その周辺で小競り合いがあり、

そして両軍が上野原で相まみえた。


 「晴信め、今度こそ決着をつけるぞ・・・!」


 景虎はこう言って気を引き締めたが、その景虎のもとに

間者からの情報が入った。


 「何!?あの中に晴信がいないだと・・・。」


 総大将が武田家の中でも義に厚いと言われている義信だと聞いた景虎は

晴信は憎し、悪は憎しで燃やしていた闘志を失ってしまった。


 「それっ、前進!!」


 若い義信がその勢いのままに全軍を進めようとすると、


 「待ってください、義信殿。敵は景虎ですぞ・・・。」


 と虎昌らが止めに入ったが、義信はそれを聞かずに全軍を突撃させた。


 「それー!!踏みつぶせー!!」


 重臣たちは死ぬ覚悟を決めて突撃したのだが、

長尾勢は総大将の景虎が戦意を失ったせいで全軍が戦意を失っており、

すぐに退き鐘が鳴らされて長尾勢は越後へと退却していった。


 (御屋形様はこうなるのをわかっていたのか・・・!)


 重臣たちは皆、こう思い改めて晴信の凄さを痛感した。

だが、一方の義信はというと


 (なんだ、この私は使われただけではないか・・・。)


 と非常に不機嫌だった。


 全軍が古府中に帰ったころには晴信の体調も回復していた。

重臣たちがこぞって報告に来たが、その中に義信の姿はなかった。


 (義信には悪いことをしてしまったが、許してくれ!我々が勝つには

これしかなかったのだ・・・!)


 重臣たちが帰った後、思いつめる晴信を慰める娘がいた。


 「御屋形様、大丈夫ですからそんなに思いつめないでください。」


 その姫の名はお峰といい、富士ヶ峰のように美しくて優しく、

それでいて力強い娘である。


 先月から体調の悪い晴信の側にいるのだが、そのお峰がどこから来たのかは

晴信以外誰も知らないのであった。

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