第38話 今川の大黒柱

 元号が変わった弘治元年(1555年)秋。


 晴信のもとに武田家一門(御親類衆)の一人、穴山信友がやってきた。


 「御屋形様、少々お話が。」


 穴山信友は甲斐国の中でも駿河に近く身延のそばにある河内郡下山城を

本拠に置く穴山家の当主である。


 「何か今川家に動きでもあったか。」


 「はい。今川家の重鎮、太原雪斎殿が亡くなられたようにございます。」


 「何・・・。」


 主に今川家の動向を探っている信友からもたらされた情報によると、

今川家の重鎮にして今川義元が一番信頼していた太原雪斎が病死したという。


 「雪斎殿が病死とな・・・。」


 「一応病死となってはいますが、三ツ者からの情報によると

そうではないようで・・・。」


 「何?」


 「どうも尾張の織田信長による仕業のようにございます。」


 「織田信長とな・・・。」


 今川家と対立している尾張国の織田家は3年前に信秀が亡くなり、

長男の織田信長が後を継いでいた。


 (あの雪斎殿を殺すとは、なんと大胆な・・・。)


 「お、御屋形様・・・?」


 「・・・ん?あ、悪い。あまりに大胆な行動に敵ながら感心してしまった。」


 「確かに。」


 (織田信長・・・、一度は会ってみたいものだな・・・。)


 目の前の信友を気にも留めず、信長がどういう男なのか

想像が止まらない晴信であった。



 「父上。雪斎殿が亡くなられたと聞きましたが本当ですか。」


 「ああ、本当だ。」


 ある日、晴信が嫡男の義信と会ったときにこの話題になった。


 「だが、雪斎殿が亡くなって今川家は大丈夫なのであろうか・・・。」


 「まさか父上、いざ今川家が負けたら駿河を攻めるおつもりですか!?」


 晴信は思わず驚いてしまった。

義信に腹を完全に読まれてしまったのである。


 「まぁ、そういうことも考えねばならぬ。」


 「父上はこの同盟を破るおつもりで!?」


 「そんな同盟なんぞ、初めから固いものではない。」


 「ありえませぬ!特に今川家とは長らく良い関係を気づいてきたのでは

ありませぬか!?」


 義信が嫌にきつく言ってきたのに対し、晴信はこんなことを思った。


 (義信は正室が今川家から嫁いできた娘だから、余計に嫌なのであろう。)


 「おぬしの気持ちも十分わかる。だが今は乱世じゃ。

臨機応変に動かなければならぬ。」


 「父上は何もわかっておりませぬ!!」


 こう言って去ってしまった。


 (どうも義信とは話が合わぬ・・・。)


 晴信は次第に義信を当主にしてこの世を生き残れるかどうかを考え始めた。


 時は進み雪がちらつきはじめた古府中。

厳しさが増していく冬は親子の関係を表すようであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る