第37話 北条からの贈り物
「和議の条件が旭山城の破却とはな。」
「・・・景虎も旭山城に苦しんだのであろう。」
晴信はこう言って箸を置いた。
約200日にも及んだ戦は対峙した犀川の南北で領地を分ける、
というものと旭山城を破却するという条件で和議が成立した。
「あの旭山城を破却するという条件をのんで大丈夫なのですか。」
側近の跡部勝資が心配そうに言ったが晴信は
「城などいつでも作れるわ。」
と勝資の心配を笑い飛ばした。
「御屋形様、北条家家臣の松田憲秀殿がお見えになっております。」
奥近習の春日源五郎がそう言いながら入ってきた。
「そうだ、源五郎。話がある。」
「いや、しかし憲秀殿が・・・。」
「少し待たせても問題はない。」
晴信は源五郎を近くに呼び寄せると、
「いい話がある。」
と言って座らせた。
「源五郎もだいぶ大人になって色々な経験も積んだ。
だからな、その証として北信濃の高坂氏を継がせたいと思っておる。」
「いや、そのような大役・・・、恐れ多くございます。」
「そなたはいつも国中の女どもから追いかけられているそうではないか。
その時は逃げられても、このわしからは逃げられぬぞ。」
「・・・では、将棋で勝負致しとうございます。」
「何、ではこのわしが勝てば認めるのか・・・?」
「いいえ、将棋とは戦場をよく表すものにございます。
ですのでこの源五郎が勝てば、自信をもって
お受けいたしたくございます。」
「確かに、源五郎が勝てば役目を全うできる自信になる、
ということだな。」
「はい。」
「わかった。相手をする。」
「こうなったら真剣勝負じゃ。おぬしが対局を申し入れたことを
後悔させてやる。」
その対局は夕方まで続いたのだが・・・。
「いやー、このわしの完敗だ。強いの、源五郎。」
「こちらこそ、このような勝手なことに真剣にお付き合いいただき、
ありがとうございます。」
「では、そなたには近いうちに高坂氏を継いでもらう。」
「ははー。」
源五郎が頭を下げると、入りにくそうに勝資が入ってきた。
「どうした、勝資。」
「松田憲秀殿が足をドタバタさせながら待っております・・・。」
「わ、忘れていた!!なぜ早く言ってくれぬのだ!!」
「なにせ、あまりにも真剣にやっているもので・・・。」
晴信は急いで支度をして憲秀に会いに向かうのであった。
「晴信殿はこの同盟を何だと思っているのですか。」
部屋に入ると憲秀からいきなり責めたてられたが、
「すまない。すでにほかの来客がおってな。」
晴信はこれで済ませたつもりだったが、
「この同盟より大事な来客がおるとは、悲しき限り。」
憲秀がとてもしつこく言ってきた。
「それはともかくこの度、我ら北条家より贈り物があります。」
気を取り直した憲秀がこう言って後ろに目をやると、
とある男が前に出てきた。
「これは工藤源佐と申す者です。ぜひ、武田家に加わりたい
と申しております。」
「工藤源佐・・・?」
晴信は工藤という名に聞き覚えがあった。
「おぬしはまさか工藤虎豊の・・・。」
「はい、次男にございます。」
「おお!やはりそうであったか!」
晴信の顔が晴れ渡った。
工藤虎豊、それは武田信虎のころの家臣の一人である。
虎豊は信虎に反旗を翻した後、敗れて相模の北条家に逃れていた。
虎豊はすでに亡くなったというが、相模で生まれた次男の源佐が
武田軍の戦いに憧れており、謀反人の息子ではあるが取り立ててほしい
という憲秀からのお願いであった。
「我々の戦に憧れるとは、それはありがたい。よし、側近の一人
として取り立てようではないか。」
「本当ですか、ありがとうございます!!」
「いやいや、我々のところは厳しいぞ。だがな、活躍はしっかり見ておる。
活躍次第では侍大将も夢ではないから頑張れ。」
「目標を見つけて、つかみ取るはおぬし自身ぞ。」
「ははー!!」
こうして武田家に新たな顔が加わったのである。
人は石垣、人は城、人は堀。
晴信は着実に人材を揃えて、この乱世を生き抜く覚悟なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます