第35話 晴信の誤算

 「勘助、幸隆、よくやってくれた!!」


 晴信は調略担当の2人を褒め称えた。

長尾家家臣、北条高広の内応に成功したからである。


 ただ、晴信は高広を助けに行く気はなかった。

なぜなら、晴信なりの作戦があるからだ。


 (高広には悪いがしばらく越後の中でもめてもらう。

どうせ助けに行こうにも信越国境は守りが固くて突破は難しい。

だから、戦上手の高広と景虎で先に争ってもらい、長尾勢が疲れたところを

奪い取る・・・。)


 晴信はこの作戦を高広にも伝えていた。

変に“すぐに助けに行くから”と言っておいて行かないよりも

理解して耐えてもらう方が高広の気持ちが折れにくいからである。

 もちろんその活躍次第では領地を3倍に増やすと言っておくことも

忘れてはいない。


 さらに晴信のもとに嬉しい知らせが届いた。


 「おお!信友が帰ってきたか!!」


 和泉国の堺の方に鉄砲を仕入れに向かっていた秋山信友が

鉄砲300丁を持って帰国したのである。


 「御屋形様、秋山殿が到着されました。」


 側近、跡部勝資に呼ばれて行くとそこには信友の姿があった。


 「信友、ご苦労であった!堺の街の様子と成果を聞かせてくれ。」


 「はは、和泉国堺には船で行きましたが港には様々な船が所狭しと

並んでおり、堺の街は鉄砲以外にも様々な物が売られておりました。」

「その中には初めてお目にかかるものも多く、またものすごい盛り上がりで

この田舎侍には驚きしかありませんでした。」


 「して、鉄砲はどうであった。」


 「堺の商人をいくつか回りまして、最新の鉄砲300丁を

手に入れましてございまする!!」


 「そうか、それは大変ご苦労であった!この後はゆっくり休んでおれ。」


 「ははっ!」


 晴信は信友が帰るとすぐに飯富虎昌を呼び、さっそく鉄砲の訓練を

させるように命じた。


 さらに、北信濃の善光寺別当である栗田鶴寿を味方にすることに成功したと

勘助から報告を受けた。


 「少し待て、勘助。」


 「はは。」


 「善光寺の近くに鉄砲を置くのに適した城はないか。」


 「・・・いくつか候補は上がりますが、一番良いと思うのは

旭山城にござる。」


 「旭山城とな。たしかにあそこなら長尾勢も脅威に感じるであろう。」


 晴信は鉄砲の訓練が終わった後、善光寺近くの旭山城に

鉄砲隊を配備することにした。


 ここまでは全て思う通りにことが進んでいたが、人生そう甘くない。


 越後国内で反乱を起こした北条高広だが、善戦していたのにも関わらず、

急に長尾方に降伏してしまったのだ。


 どうも長尾方より“あの晴信が領地を増やすわけがない”

と唆されてさらに長尾に降ればこれまでの領地を与える、

こう言われて景虎の方を結局信頼したらしい。


 (これは誤算であった。長尾勢は依然、疲れていない。今、戦を交えたら

苦しい戦になるぞ・・・。)


 だが景虎が調略に対して激怒しているのに間違いはなく、

息まいて攻めてくると思われた。


 (戦をするなら、長尾の補給路を刺激しつつ、

なるべく長い戦にしなければならない・・・。)


 晴信は頭を抱えた。


 時は天文24年春。

晴信は満開の桜を見ることもなく、ただただ次来たる戦に

備えるのであった。

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