第34話 鉄砲の衝撃

 「何、父上から手紙じゃと!?」


 晴信は少し驚いたような表情を見せた。


 晴信の父、武田信虎。

晴信に追放された今は今川義元のもとで預かってもらっている。


 「手紙はどこにある。」


 「今ここに。」


 春日源五郎が手紙を取り出した。


 「ふむ・・・、“晴信よ、元気にしておるか。こちらは元気すぎて甲斐に帰りたい思いがどんどん湧いてくる。・・・それは置いといて前に義元殿が

上方の方より異国の武器、鉄砲とやらを手に入れたようでお主にもよかったら

見せたいと言っている。見た限り鉄の弾を高速で飛ばす武器のようだ。

返事は義元殿のほうにしてほしい。ではまた手紙を送るからその時はよろしく。甲斐に帰りたい・・・。”」


 「どうなされますか。」


 「・・・鉄砲とやら、義元殿が見せたいと思うくらいすごいものなのであろう。

ならば見ぬ手はない。」


 晴信は祐筆に返事を書くよう命じた。


 

 (うーむ、これが鉄砲か・・・。)


 今川家から鉄砲が到着した。

当然、武田家の中で鉄砲を撃てる者はいないので今川家の何度か試した

という者も一緒に呼んで目の前で試し撃ちをしてもらうことにした。


 「場所はどこで。」


 「本当は外がいいのであろうが、今は冬で雪山状態じゃ。

だから館の中庭でよかろう。」


 「その場合、十分に安全かを確認せねばなりませぬがよろしいですか。」


 「うむ。中庭の近くに諏訪姫の間があるが、そこから出ぬよう言っておく。」


 「かしこまりました。」


 こうして準備が整い、試し撃ちが行われることになった。


 「御屋形様、十分にご覧になってください。」


 「うむ。」


 「撃て!!」


 パーン!!!


 鉄砲から鉄の弾が発射されたが今川の者が大きく的を外した。


 (失敗ではないか。)


 晴信がこう思った瞬間、


 キャー!!!


向こうの方で悲鳴が上がった。


 「な、何事だ、調べてまいれ!」


 家臣が悲鳴の上がった方に向かうと、


 「来てください、御屋形様!!」


 と晴信を呼ぶ声がした。


 「どうした!?」


 晴信が駆けつけると、その光景を見た瞬間に顔が青ざめた。


 「す、諏訪姫・・・!?」


 そこには弾を受けて倒れ込む諏訪姫の姿があった。


 (諏訪姫・・・!あれほど出るなと言ったのに・・・!!)


 どうも気になって出てきてしまったらしい。

すぐに医者を呼んだが、当たり所が悪くすでに命はなかった。


 「すぐに今川の者をひっとらえよ!!」


 晴信は悲しみと怒りがごちゃ混ぜになった顔でそう命じた。

結局、その者はわざとではないと確認した後、今川家のもとに送り返された。


 (こんなこと、するのではなかった・・・!!)


 晴信はひどく落ち込んだ。

 さらに諏訪姫との子、四郎のことを思うと・・・。

次第に自分を責めた晴信だったが、春日源五郎に慰められて

少しは楽になった。


 そして冷静に戻った晴信はこんなことを思った。


 (いくら当たり所が悪いとはいえ、殺傷能力は鉄砲とやらがかなり高い。)


 後日、今川の方から謝罪の使者が来たのだが、その者に尋ねた。


 「ところでだが、その鉄砲はどこで手に入るのだ。」


 「はは、和泉国堺(今の大阪府堺市)の商人から買うことができます。」

 「ただし、値段が張る割に撃つまで時間がかかって実用性がない

という理由で買い手が思うようについていないようです。」


 (確かに時間はかかるが、城を守る際には門が開けられるまで時間がある。

その時であれば十分に生かせるし、何よりあの音・・・。鉄砲が百も二百も

あれば爆音で敵を脅かすことができる。戦も心理戦と思えば有効である。)


 晴信は今川の使者が帰国した後、家臣たちを集めて


 「誰か和泉国堺に行って鉄砲を買い付けてほしいのだが・・・。」


 と行ってくれる者を求めたがなかなか手が挙がらなかった。

その場に重い空気が立ち込める中、決断をして手を挙げた者がいた。


 晴信によって取り立てられた武田家重臣、秋山信友である。


 「信友、行ってくれるか!?」


 「はい、必ずや武田家に“てつほう”を手に入れてまいりまする。」


 「信友、“鉄砲”だ。」


 この間違いでその場の重い雰囲気が吹っ飛んだ。

信友が真顔で間違えたことで皆、大笑いだった。


 「では、気を取り直して必ずや“鉄砲”を手に入れてまいりまする。」


 「うむ、頼んだぞ!!」


 この後、信友は危険な陸路を避けて今川家の駿河より

航路で堺に向けて出発することになるのである。


 冬の厳しい寒さの中にあっても、武田家中はとても

温かいのであった。

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