第33話 善徳寺の会盟

 年が明けた天文23年(1554年)、晴信は躑躅ヶ崎館を発った。


 向かう先は信濃、ではなく駿河の善徳寺である。


 前々より北条氏康の提案で三国同盟締結の証として三者が一堂に会する

場を設けることが決まっていたが、その後の協議の結果

駿河国の善徳寺で会することになり、今に至る。


 (北条氏康とやらはどのような男なのであろうか。)


 晴信は初めて会うことになる北条氏康にこの時点で興味津々だった。


 晴信一行は富士川沿いを進み、蒲原(今の静岡市清水区蒲原)より

東に向かった。


 そして善徳寺に着いたが、まだ今川義元も北条氏康もいなかった。

 

 それもそのはず、晴信の早く会いたいという思いからか

かなり早足で来たため、開始予定よりもかなり早い時間での到着であった。


 (さぁ、一番乗りだが次は誰がくるか・・・。)


 そう思っていると、扉の方から物音がした。


 (どちらかが来たな・・・。)


 こう思いつつ、焦りを抑えているとゆっくりと独特な雰囲気の男が

入ってきた。


 (氏康殿だ、間違いない・・・!)


 「おお。これは、これは、晴信殿。はじめてお目にかかります

北条氏康と申します。」


 「おお、氏康殿ですか。武田晴信と申します。こちらこそはじめてお目に

かかります。早く来すぎましてな、退屈でしたぞ。」


 「こちらも気が焦ってしまいましてな、まだ始まりませんかな。」


 北条氏康、雰囲気も独特だが、話し方もゆっくりで

気が焦っているようには見えなかった。


 (氏康殿はこのわしが早く来すぎたからそれに話を合わせたのであろう。)


 北条氏康はこの同盟を守ろうとするであろうと晴信は踏んだ。

なぜならこうやって周りに話を合わせる人は自分の欲を面に出さないからである。

そうなれば他の人が破らない限り、同盟は保たれる。


 しばらくの間氏康と秘密の会話をしていた晴信だが、

なかなか今川義元が来ないので次第に気になってきた。


 (もうすぐ開始の時刻だが、義元殿は早めに来るということを知らないのか。)


 こう思っていると、外で物音がした。


 (やっと来たな。)


 氏康と晴信は同じことを思ったが、その瞬間に

後ろの襖が開いた。


 後ろを振り向くと、そこには義元の姿があった。


 「二人とも、随分と話しておられましたな。」


 こう言って笑みを浮かべる義元だが、晴信と氏康は

唖然とするばかりであった。


 そう、義元はずっと静かに隣の間に控えていたのだ。

当然、二人の会話も丸聞こえである。


 (してやられた・・・!)


 その後、会談が始まったが前半は完全に義元のペースだった。


 だが、休憩をはさんでからはまた様子が変わり、腹の探り合いになった。


 (まず初めに同盟を破るとしたら晴信だな。)


 氏康がこう思えば、義元はさらに踏み込んで


 (もし晴信の長尾との戦が失敗に終わったら、晴信は絶対に駿河に

攻めてくる・・・!)


 という風に警戒した。


 そして、標的にされた晴信はというと、


 (同盟とは作戦の一つであるから、いらなくなったら破るものぞ。)


 という風に開き直りながら、にこにこと話を進めた。


 「本当に重要な同盟ですな、のう晴信殿。」


 氏康が晴信にこう言うと、


 「この同盟下で晴信殿の越後侵攻がうまくいくことを願っております。」


 という風に義元も意味深な発言をした。


 「はは、この同盟は三国にとって重要な同盟ですし、これによって我らも

気兼ねなく越後侵攻を進められますな。」


 晴信はこう返したが、内心非常に気持ち悪かった。


 特に義元には越後侵攻が頓挫した場合の行動を完全に見透かされていた。


 だが、晴信も黙ってはいなかった。


 「しかし義元殿は氏康殿より鋭いですな。」


 こうやって氏康は義元より下であると暗に伝えると、


 「それにしても義元殿とは長い付き合いですが、

まだまだ信用は薄いですかな。」

 

 という風に義元の疑いの目を笑い飛ばした。


 だが、全体的に見れば晴信の敗北であった。

二人と別れた帰り道、晴信は戦国の世の恐ろしさを痛感していた。


 その一方で、越後を攻め取ることが叶えば問題はないとも思った。


 (特に義元殿は越後を取るのは難しいから攻めてくる、と思っているようだが

見ておれ、越後を奪い取ってやる。)


 晴信はこう決意を固めつつ、雪化粧した富士ヶ峰を見上げるのであった。

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