第32話 武田の底力

 天文22年(1553年)も秋になり、暑さも越したころ。


 晴信は少々不機嫌だった。

越後の長尾景虎が京の都に上洛して高い評価を受けているという。


 (このわしだって越後を制圧して、大軍を率いて堂々と上洛してやる・・・。)


 晴信は景虎不在の今にでも越後に攻め込んでやりたかったが、

農繁期のためそれができなかった。


 だが、晴信もできることを着実に進めていた。

そのうちの一つが長尾家家臣への調略である。


 特に交渉を進めているのは長尾家重臣の北条高広である。

交渉はまだあまり進んでいないが、担当している勘助いわく

手ごたえを感じているようだ。


 さらに新たな家臣の登用も進めていた。


 「秋山信友を呼べ。」


 晴信は先の川中島の戦いで深志城にて長尾勢を追い返す活躍を見せた

武田家家臣、秋山信友を館に呼んだ。


 「御屋形様、秋山信友にございまする。」


 「おお、信友。」

 「先の活躍、大軍相手に感服したぞ。」


 「恐れ多きお言葉にございまする。」


 「でな、信友には新たに領地を与えた上で、重臣の一角を担ってもらいたい。」


 「そ、それはまことにございますか!?」


 「そうだ。わしは家臣たちの活躍を逃さず見て、それに見合った褒美を与える

それが信条だ。」


 「ありがたき幸せにございます!!」


 こうして秋山信友を登用すると、さらに飯富虎昌の弟である

飯富昌景を登用したのだが、その時に晴信は昌景に密命を与えた。


 「そなたの兄、虎昌は戦こそ見習いたいものがあるが、なにぶん

つられやすい男だ。だからな、そなたに監視をしてほしい。」

 「これからは大事な戦が続く。そのなかで無いと信じたいが

謀反なども考えられる。傷口を広げないためにはそなたの監視も必要だ。

頼んでもよいか。」


 この晴信の密命に昌景は迷うことはなかった。


 「わかりました。万が一のことがありましたら、必ずや報告いたします。」


 「頼んだぞ、昌景!」


 そして昌景が帰った後、晴信は深いため息をついた。


 (虎昌は戦にはめっぽう強いが扱いに困る・・・。)


 だが、その表情は決して他の者には見せなかった。

なぜなら、当の虎昌がそれを見てしまったら、それこそ謀反の原因に

なりかねないからである。


 ここで晴信はあることを思いついた。


 それは勘助から聞いた話なのだが、

今まさに交渉を進めている北条高広が交渉に応じている理由である。

 

 高広は生まれつき難しい性格らしく、景虎は扱いに苦慮して最終的には

邪魔者のように扱っていたという。

 これに性格が難しいという自覚がない高広は


 「大切にされていない。」


 と憤っているらしく、それで武田の交渉に乗っているのである。


 (家臣の扱いは本当に難しい。)


 晴信もこう思うわけだが、その中で自分なりの家臣をまとめる方法を

考えていた。


 それは家臣たち一人一人の長所を生かすことである。

いくら優秀な家臣でも短所は必ずあり、それを責めてもどうしようもない。

 だから短所は虎昌でいうところの昌景のように周りで補うことにしている。

そして長所も誰にでもあるので、それは十分に生かす。


 結局、人は石垣、人は城、人は堀という言葉で見ても、

石垣だけでも堀だけでも城はできない。

 でも、それらを一緒にすることで長所同士を生かせるので、

堅固な城になるのである。


 晴信は武田家も同じであると考えていた。

家臣たちの長所同士を生かすことによって晴信や家臣たちがお互いを

認め合うようになり、ほころびのある長尾家と違って

死闘になった時に底力が出るのである。


 (確かに長尾景虎も強敵であり苦しい戦になるが、

最後は底力がある我らが勝つのだ・・・!)


 こう思いつつ晴信は一休みのために庭に出た。


 木々の葉もきれいに色づいている。

ふと山の方をみるとそちらも紅葉が迫ってくるようだ。


 少し座っていると日が暮れて、

大きな満月が顔を覗かした。



 時は乱世。


その秋月は乱れた心をなぐさめるようであった。

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