第31話 龍の如く

 「皆の者!!次に富士ヶ峰を見るは勝つときぞ!!」


 「では、出陣っ!!」


 虎昌が軍団を盛り上げた後、晴信の号令で出陣となった。


 「エイトーエイエイ!!」


法螺貝の音に掛け声で歌詞をつけながら勢いよく古府中を出発した。

目指す先はただ一つ、信濃北部の善光寺平一帯である。


 武田軍は道を整備しなおした成果もあり、予想以上に早く上田に到着した。

そこで偵察部隊からの報告を受けた。


 「敵軍の兵力は3千騎、兵数でおよそ1万5千かと。」


 「うむ。あいわかった。」


 (1万5千・・・、又蔵からの報告通りだ・・・。)


 それに対して武田軍は飯富虎昌を先陣として3千騎余、

約1万8千の兵力であった。


 (兵数の上では多少有利だが、大差ない。戦い方が勝敗を分けるな・・・。)


 晴信は初対戦ということもあり、様子見でいくことにした。

口には出さないが、実のところ負けてもいいのだ。

 大敗さえしなければ、戦術を明かし過ぎた方が次の戦で

不利になると見ていた。

 

 だから景虎の方の戦術は十分に見てやって、こちらは一切戦術を出さず

負けそうだったらすぐに退いてやろうと思っていた。


 この戦は3度以上あるというのが晴信の読みである。

だから初めに負けてもあと2つ勝てば、勝者になれると考えていた。


 「御屋形様、善光寺平のほぼ中央部に位置します

川中島につきましてございまする。」


 「今、長尾勢はどこにおる・・・。」


 言葉の途中で晴信の顔が青ざめた。


 「お、御屋形様・・・?」


 「信春・・・、前を見よ・・・!」


 「・・・・・・!」


 信春の顔もまた青ざめた。


 なんと、目の前には到着していないはずの長尾勢が布陣していた。


 「ご注進!!長尾勢襲来・・・。」


 「遅いわ!偵察部隊は何をしていた!?」


 「申し訳ありませぬ!!まだ来ないと思い、油断しておりました!!」


 これには晴信も油断していただけに、責めることはできなかった。


 (だが、少し前の報告では飯山にいると・・・。)


 晴信は長尾勢の移動の速さに驚愕したが、まだ序の口だった。


 長尾勢の先鋒になにやら大将格の者が立った。


 (大将で先陣を切るとは珍しき・・・。)


 こう思った晴信だが、その大将の横に旗が掲げられると

晴信は思わず眼を見開いた。


 (あの毘の旗は毘沙門天・・・。ということはあれが景虎か・・・!?)


 そう思っているうちに長尾勢が突進してきた。

景虎は部隊を手足のように操り、縦横無尽に駆け巡らせる。

 神出鬼没な長尾勢を前に武田軍は翻弄されて訳が分からないうちに

飲み込まれていった。

 その姿は龍が長い体をうねらせて渦を巻かせるようだ。


 (これは・・・!越後の龍だ・・・!)


 晴信の意識は遠のき、空を見上げると青天にうねりながら駆け巡る

龍の姿が浮かび上がった。


 (景虎は人か、それとも龍か・・・!?)


 「御屋形様、御屋形様っ!!」


 跡部勝資の精一杯の叫びで現実に引き戻された晴信はすぐに

撤退の指示を出した。

 

 「退けーっ!!」


 退却を始める武田軍を長尾勢は猛追。

川中島から葛尾、さらに上田の近くまで追われたが、幸いにも

重臣の討死などは免れた。


 その後、松本平にまで迫った長尾軍だが、出陣中の馬場信春に代わって

深志城を守っていた秋山信友が奮闘して長尾勢を撃退した。


 その後、兵糧の確保が難しいということもあり、長尾勢は引き上げていった。


 「敵は引き上げたぞ。それ旧領回復だ、出撃!!」


 晴信は景虎が引き上げた後、いったんは奪われた北信濃の城郭をほとんど

奪い返すことに成功した。


 (たしかに長尾勢は龍の如く強いが、信濃の人心はすでに我らについている。)


 そう、長尾勢は最終的に晴信の善政の影響で北信濃の農民からの

支持がなかったため兵糧を徴収できず、

 さらに義を謳う景虎にとって兵糧の略奪はあり得なかったため

兵糧不足になり撤退したのだ。

 いくら補給路があるとはいえ、万を超える大軍ともなれば

それだけでは足りなかったようである。


 (そうか、長い戦に持ち込めば最終的には勝てる・・・!!)


 晴信はこの戦で作戦を一切見せず、さらに新たな活路まで見出した。


 負け戦といっていい損害ではあったが、晴信が得たものは多く、

一方の景虎は作戦を全て吐き出してしまったばかりか、最終的に城一つ

保てなかったのである。


 この初戦が今後の川中島決戦を大きく左右することになるのであった。

 


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