第29話 川中島へ続く道

 「葛尾城を攻め取るは今、と思うが皆の者はどうだ。」


 「異論なし。」


 天文22年(1553年)春、武田軍がついに動いた。

これまで村上家家臣への調略を続けていた真田幸隆と山本勘助であったが、

準備が整ったとの報告を受けて出陣に踏み切った。


 武田軍の進軍に合わせて内応していた村上家家臣たちが武田軍に加わり、

城を守る手勢を失った村上義清は葛尾城を放棄して越後の

長尾景虎のもとに逃れた。


 「戦はひとまずここまでだ。村上の反撃に備えて守りを固めよ。」


 晴信は非常に嫌な予感がしていた。

だから、むやみに善光寺平に攻め込まず後ろを固めることにした。


 さらに晴信には気になることがあった。


 通常であれば越後にいる三ツ者から定期的に報告がくるはずなのだが、

それが途絶えていた。


 (景虎にやられたとすれば、今まさに軍事行動を起こしている可能性がある。)


 晴信は家臣たちに偵察を怠らないよう念を押した。


 その数日後、葛尾城や松本平に築城した深志城の守りを固めた晴信は

帰国の途についた。


 特に長尾勢の襲来はなく、甲斐に帰国した晴信はひとまず安心ではあるが、

三ツ者からの報告がないのはいかにも不自然であった。


 

 「どうだ、堤防工事の進み具合は。」


 「大変なことも多くございますが、御屋形様のご配慮もあり

あと数年ほどで完成するかと。」


 「そうか、暑さも続いておるから体に気をつけて進めてほしい、

そう伝えよ。」


 晴信は上機嫌であったが、それをぶち壊すような一報が入った。


 「御屋形様、跡部勝資様がお話があると・・・。」


 奥近習の春日源五郎が入ってきてこう伝えると、晴信は招き入れるよう

伝えた。


 仮名の又八郎を改めた跡部勝資が入ってくると、


 「三ツ者についてですが・・・。」


 少し言いにくそうにしていた。


 「・・・三ツ者がどうした。」


 「はい、どうも皆、長尾の者に捕らえられたようで

首をはねられて越後の春日山城下に悪人のしもべとして

さらされているようでございます。」


 「・・・ふむ、景虎も義のためならひどいことをするのだな。」


 「まったくでございまする。」


 「景虎も村上の次は己だとわかっているのであろう。」


 晴信はこう言って庭に目をやると、

その鋭い眼差しで鳥たちが逃げ散った。


 ただ、一羽だけ逃げぬ鳥がいた。


 「あの鳥は景虎でしょうかな。」


 勝資がこう言うと晴信は


 「だとしたらこれほどありがたいことはない。」


 と言うので勝資が聞き返すと、


 「あの鳥は度胸があって強そうに見えるが、

仲間の鳥は逃げ散った。すなわち家臣に見捨てられた鳥だ。」


 こう言って笑うと、その鳥もまた空高く消えていくのであった。

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