第27話 人は石垣、人は城、人は堀

 少し話は遡るが、天文19年(1550年)の春。


 晴信の長男、太郎が元服して義信と名乗り今川家より義元の娘を

正室に迎えた。


 「頼もしいですな、義信殿!」


 義信の傅役である飯富虎昌も嬉し涙を流していたが、

父親である晴信は表には出さないが気がかりなことがあった。


 (義信は一見、頼もしい大将に見えるが、性格が真っすぐすぎてな・・・。)


 晴信が悩んでいるのは義信の性格についてである。


 それは平和な時代を生きるのであれば真っすぐでも問題はないのだが、

今は乱世である。

 少々悪さを持つぐらいでないと、この世の中を生き残れない可能性があった。


 だが、晴信も若き頃は今ほど悪さがなかったので、


 (生きていればそのうち付いていくだろう。)


 という風に思うこともあった。


 その一方で四男、四郎はというと幼いころからいたずらっ子で

かなりの“悪”だった。


 晴信も何度もいたずらに引っかかるほどで、とても賢いとも言える。


 (四郎の方が次の当主に適任なのでは・・・。)


 と一瞬、思ったりもするのだが、


 (義信にはわしと同じ思いはさせたくない。)


 と思い、かき消した。


 だが、その晴信の悩みは誰にも打ち明けていないのにも関わらず、

三条夫人や諏訪姫らが何かを感じ取って息子のアピール合戦を始めてしまった。


 「義信は真っすぐで、勇気もあって、戦も強いですよ~。」


 「四郎は賢さがあって、悪さもあって絶対にあなたのように活躍できますよ!」


 晴信は女性の勘の恐ろしさを思い知らされるとともに、

板挟みになって余計に迷うのであった。



 「御屋形様、早速越後の三ツ者より報告でござる。」


 こう言いながら勘助が晴信のもとにやってきた。


 三ツ者とは武田家における隠密集団であり、旅人や僧侶などに扮して

日本中から様々な情報を届けている。


 「おお、そうか。・・・越後の長尾景虎とはどのような人物だ。」


 「三ツ者からの情報では戦において一人一人の兵士を大事にする御屋形様に

対して、景虎は一つの部隊を一人として考えて陣形を自由自在に組む

などをして敵を困惑させながら、戦を優位に進めるようでござる。」


 「弱点は見えたのか。」


 「はい。景虎は自らを毘沙門天の化身と豪語して義に重きを置いて

戦っているようですが、周りを助けることが多く領地が増えないために

家臣の一部には不満を持っている者もいるようです。」


 「ふむ・・・。これはわしが思ったことだが、その部隊を動かすことに

重きを置いた場合に当然、大事にしてもらっていないと思う家臣も

出てくるはず。そう考えれば・・・。」


 「調略、でござるか。」


 「その通りだ。我らにはそれができる者がたくさんおる。」

 「それに景虎がどういう作戦を取ろうと、我らの考えを崩してはいけない。」


 「これは自分を信じなくなった大将の負けだ。」


 晴信は家臣たちにも一人一人を大切にするという方針を広めるため、

躑躅ヶ崎館で講義を行った。


 「よいか、“人は石垣、人は城、人は堀”だ。人を大事にする、これを忘れるな。」

 「ほかの家の者が何と言おうと、人がこの武田家を作り、守るのだ。」


 晴信は当然、景虎を意識したうえで重臣たちに講義をした。

特に景虎のことには言及しなかったが、重臣の位になれば

景虎の情報をつかんでいる者がほとんどで、皆が意識していた。


 また、晴信は勘助と幸隆をその場に残させて、こう伝えた。


 「これからはそなたたちの力がより必要になる、頼んだぞ。」


 「ははー!!」


 勘助と幸隆、皆には知らせていない実の親子が、

活躍することになる。

 また、信玄の傍らに控える春日源五郎もまた、これからの戦いで

羽ばたくのであった。

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