第26話 幸隆の戦

 天文19年(1550年)も秋雨が降り出したころ。

しとしとと降り続く雨の中、晴信はこれから合議制にするよう命じた。


 そして、その合議制での最初の議題になったのが、真田幸隆をどこでどう

生かすかというものである。


 「砥石城を単独で落とさせるべし。」


 「いやいや、砥石城を本隊で攻めて、幸隆はその補助をさせる方が確実だ。」


 などなど、いろいろな意見が出たが砥石城を攻めさせるのに

変わりはなかった。


 結局、これはあくまでも幸隆の戦であるから幸隆に兵士を預けて

戦をさせるべし、との意見で一致し晴信に提案された。


 「うむ。わかった、それでいこう。」


 晴信はそれを了承して、幸隆には単独で砥石城を攻めてもらうことにした。


 あの砥石城での敗戦後、晴信は心構えも一新した。


 合議制でいく以上、好機を少し逃してもいいから痛手を負わないように、

石橋を叩いて渡るようにいこうと考えていた。


 「幸隆よ、返り咲く機会を与える。」


 晴信自らが牢獄に行って幸隆に声をかけた。


 「砥石城を千人の兵士で落として見せよ。」

 「さすれば武田家の家臣として登用してやる。」


 「それはまことでありますか。」


 「ああ、そうだ。砥石城にはそれくらいの価値がある。」


 「ぜひ、お引き受けしたい次第。」


 「そうか、では兵力は千人でよいな?」


 「五百人で十分です。」


 「・・・わかった。では出してやれ。」


 幸隆は牢屋からでると、早速謀略の準備に入った。


 まず、砥石城を攻めるうえで邪魔になる砥石城の支城、米山城について

準備を始めた。


 米山城の城主を甲州金も交えながら言葉巧みに誘って内応させることに

成功した。


 そのうえでさらに準備を進め、翌天文20年(1551年)2月に

砥石城の城下に陣を敷いた。


 「なんだ、攻めてくるといって恐々としていたが、これっぽっちの軍勢か。」


 砥石城の城兵は笑い飛ばしたが、城主の楽厳寺雅方がくがんじまさかたは微妙な表情をしていた。


 (真田、といえば謀略の名手・・・。変に油断せず、動かずに様子を見よう。)


 雅方は幸隆の策略を恐れて、出撃することはせずに城内で様子見の構えを見せた。


 (思った通りだ・・・。だが、雅方はじっと我慢ができない性格だ。

どこまで耐えられるかな?)


 まず、幸隆は砥石城に間者を入れさせると、なんと、

米山城の城主が内応しているとの噂を城内にまき散らしたのだ。


 「何!?米山城が!?」


 雅方は最初こそ信じなかったが、ふと小笠原家の話を思い出した。


 (小笠原の家臣は甲州金でつられたという。・・・と考えれば、あやつが

つられて寝返っても不思議はない・・・。)


 そう思い、信じ始めた。

さらに、幸隆は米山城の近くにいくつか砦を築き始めた。


 (ふむ、ああやって砦を目の前で築かれても出てこないということは、

米山城は武田の味方か・・・!)


 雅方は今すぐにでも米山城を襲撃したかったが、幸隆は砥石城の後方で

部隊を少し動かすことで、城から出たら虚を突いて奪いに行くぞ、というような

メッセージを送っており容易に動けなかった。


 さらに幸隆は砦を城の周りにくまなく築き始めた。

これにより、砥石城は常に四方から監視されている状態になり、

雅方の我慢も限界に近づいていた。

 また、幸隆は一か所だけ砦を築かず、逃げるならどうぞ、

というメッセージも送った。


 だが、まだ雅方はなんとか我慢していた。


 (ならば、これはどうだ・・・。)


 幸隆は次の一手を打った。


 その無数の砦の中で家臣たちにどんちゃん騒ぎをさせた。


 戦に勝ったときはうれしいどんちゃん騒ぎも、この我慢している状況

においては不快でしかなかった。


 しかも、それは深夜まで続き、家臣も雅方も眠れなかった。


 これが数日間続き、ついに我慢の限界に達した雅方は砥石城から一人、逃亡した。

そして、朝方になって城主がいないことに気づいた城兵たちも

城から逃亡し、幸隆は無傷で砥石城を奪い取ってみせたのだ。


 信濃から砥石城落城との一報を受けた晴信は


 (幸隆・・・、見事な城攻めだな・・・。)


 戦わずして城を奪い取ってみせた幸隆の作戦に晴信は

感嘆した。

 自分のこれからの戦いに生かそうとも思った。


 幸隆の城攻めは晴信のこれからの戦い方に大きな影響を与えることになる。

そして晴信は約束通り、幸隆を召し抱えた。


 春になり、桜も咲き始めた古府中。


 晴信は幸隆を生かすつもりが、いつしか幸隆の作戦を自分に生かそうと

しているのであった。

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