第24話 生かさぬ手はない

 天文17年(1548年)も秋の収穫期を迎えていた。


 この時期は戦も少なく、比較的心の休まる季節だ。

だが、晴信は勘助に聞いたことで衝撃が止まらなかった。


 それは昨日のこと。


 晴信は閉じ込めてある真田幸隆との関係を勘助に尋ねた。

すると、急に勘助が謝りだした。


 「申し訳ありませぬ!!旧知の仲というのは嘘でござる!!」


 「・・・ではどういう仲なのだ。」


 「実は・・・、幸隆は実子にござりまする!!」


 「な、何ぃ!?」


 「実はまだ私が今川家の家臣で武田家と戦っていたころ、同じく

武田家と敵対していた海野氏と同盟を組んだことがござった。

その時に縁組として私の息子を養子として海野家家臣の真田家に向かわせた。

それが幸隆にござりまする!!」


 「それはまことか!?」


 「はい。実際にこの勘助の諱を思い出してくだされ。」


 「山本勘助・・・晴幸・・・!」


 「はい。晴の字は御屋形様よりいただいた一文字でござるが、

幸の字は勘助めの元々の諱の一文字でござる。」


 「そうか、幸隆の幸の字は・・・。」


 「この勘助の字を受け継いでおるのです。」


 「・・・で幸隆の処遇は・・・、勘助に聞いてはいけないな・・・。」


 「申し訳ありませぬ・・・。」


 こう言って勘助は屋敷に戻っていった。


 少し深呼吸を交えてから、


 (敵ではあるが殺すのは惜しい。どこかで役に立つ時が

来るやもしれぬ。)


 こう思った晴信は幸隆を引き続き閉じ込めておくことにした。



 「勘助、少し話がある。」


 今日はこう言って再び勘助を呼び出した。


 「私は家臣に命令を出す時に能力を十分に発揮できる者を選んでいる。」


 「つまり家臣に得意なことをさせる、ということでござるか。」


 「うむ。そうだ。ただ人を使うだけならその辺の住民を使うのと大差ない。」

 

 「確かに。」


 「でな、あの幸隆は生かしておいて、どこかの城攻め

の時に能力を生かしてやろうと思っているのだが、どうだ。」


 「・・・御屋形様は幸隆の謀略の力を生かすつもりで?」


 「そうだ。もし単独で城を落とせたら、家臣にして領地を与える。」


 「単独・・・でござるか。」


 「ああ。後詰めはするが基本的に力は貸さない。」


 「それはよきことでござるな。これなら幸隆も能力を

最大限に生かすでしょうし、我らの損害も少なくてすみますな。」


 こうして今後、幸隆を生かす場面ができることになるのだが、

それをわざわざ勘助に話したのは、勘助に実子である幸隆は無事であると

伝えるためでもあった。


 

 今は戦こそないものの、小笠原攻めはひそかに進んでいた。


 あの後、松本平の玄関口である塩尻と小笠原氏の居城、林城の間に位置する

村井城を奪い取った晴信は、重臣の一員になった馬場信春を村井城の

城主に任命した。

 そして、この村井城を中心にして小笠原家の家臣への調略を進めていた。


 この調略で生かされているのは人の能力だけではなく、

甲斐国の金山でとれる甲州金も大いに生かされている。


 とっても貴重な甲州金を家臣になればつかみ取りできる、

と金で誘ってもともと小笠原家に愛想が尽きていた家臣たちはこぞって

武田家への内応を約束した。


 ただ、あまりにうまくいくので相手の何か作戦ではないか、

と疑ってしまうほどだ。


 (人は能力を生かしてくれない主を簡単に見捨てる。)


 晴信はこう思い、小笠原家当主の長時の当主としての無能さをあざ笑った。


 武田家が小笠原家を滅ぼす時はすでに迫っている。

いや、小笠原家はすでに晴信に牛耳られているのであった。

 

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