第23話 冴えわたる勝弦峠

 夏場には珍しい曇天のなか、馬場信春率いる別動隊は裏道から

小笠原勢の後方に向かっていた。


 すると住民が言った通り石積みがあり、その上には守備兵がいて

まともに戦をすれば時間がかかってしまうが、

金堀衆の発破にかかれば楽勝と思われた。


 「それっ、石積みを相手ごと吹き飛ばせ!」


 石積みに発破をかけると、石積みは粉々になり

守っていた兵士は逃げ散った。


 (どうだ・・・!)


 だが、信春が喜んでいられたのは束の間のことだった。


 煙が風に流されると、目の前にはなんと小笠原の別動隊2千余が

待ち構えていた。


 「フハハハハ・・・、勘助が考えた作戦など、まるっとお見通しじゃ!!」


 信春率いる別動隊の2倍はいようかという軍勢が馬場隊に襲い掛かってきた。

馬場隊はグイグイと押されていき、さすがの信春も焦ってきた。


 (ど、どうすればいいのだ・・・!!)


 だがここで信春はひらめいた。

 

 (そうか、山の中で戦えば一対一で戦える!)


 狭い山林の中に引き込んで戦えば木々に阻まれて敵は一人ずつ進むしか

なくなり、一対一で戦えるので沢山鍛錬を積んで体力がある武田軍が

有利になると見た信春は全軍を山林の中に移動させた。


 すると思った通り小笠原勢は山林の中に引き込まれ

武田軍ほど鍛錬がされていない小笠原勢は死体の山を築いていった。


 (撤退やむなし・・・。)


 小笠原勢は引き上げていった。


 「さぁ、急ぐぞ!!」


 馬場隊はそこから続く急な坂道を上り、小笠原軍本隊を襲撃するために

急いだ。


 しかし、坂道の途中で戦の喊声が聞こえ始めた。


 「うぬぬ・・・、信春の別動隊はまだか!!」


 武田軍の本隊は峠の上から攻め降りてくる小笠原軍の本隊に苦戦していた。


 「まだ姿が見えませぬ!!」


 (もしや、われらの作戦が読まれて阻止されたか・・・!)


 「勘助はおるか!?」


 「はい!ここにいましてございまする!!」


 「われらの作戦が読まれたかもしれぬのだが、相手にそんな

頭の切れるものがいるのか。」


 この質問に少し悩んだ勘助だが、思い出したようにこう言った。


 「真田しかいないかと。」


 「真田・・・、だと・・・?」


 「はい。もともと信濃国海野平の領主海野棟綱の家臣だった

真田幸隆ですが、謀略の名手だと聞き及んでおりまする。」


 「確か真田とやらは上野国の長野家に居候していたのでは・・・。」


 「数年前に小笠原のもとにやってきたという噂があります。」


 「噂か・・・。」


 「ですがもともと海野氏の時に小笠原と関係があったそうで

根も葉もない噂ではないかと。」


 「だが、相手の作戦を読むのは簡単ではないぞ・・・。」


 「実は・・・、幸隆とは旧知の仲でして・・・。」


 「何っ!?」


 驚いた晴信は勘助に詳しく聞こうと思ったがその時であった。


 「ご注進!!信春殿の別動隊、到着にございます!!」


 「それはまことか!!」


 パッと前を見ると、少しかすんではいるが武田の赤備えの姿が山の上に

見えた。


 「よし、反撃だっ!!」


 武田軍は峠の上と下から中腹にいる小笠原勢を挟み撃ちにした。


 武田軍は逃げようとする足軽には目もくれず大将首を狙い撃ちにした。

すると信春の前に六文銭の旗が見えた。


 信春は六文銭の旗の軍勢の大将である真田幸隆を斬ろうとしたが、

晴信の本陣から指令が来た。


 “幸隆はいろいろ知りたいことがあるから生け捕りにせよ”


 これを承知した信春は幸隆を組み伏せてそのまま生け捕りにした。

結局、終わってみれば戦は武田軍の勝利に終わった。


 そして、小笠原長時は逃げたため深追いはしなかった。

教訓通り、敵を残しての勝利だった。


 「塩尻峠の戦勝、おめでとうござりまする。」


 武田家の家臣たちがこう言って祝ったが、晴信は


 「戦は終わっていない。」


 とたしなめつつも、こう言った。


 「我々は一つの苦しい戦をまず乗り切った。そしてこの一戦は武田家の

命運をいいものにするだろう。そういえば塩尻峠の別名は・・・。」


 「勝弦峠にございます。」


 弟の信繁が準備されたように答えた。


 「では、これからは武田が大事な一勝を上げた土地だから

勝弦峠かっつるとうげの戦いと呼ぼうではないか。」


 これ以降、家中では勝弦峠の戦いとも呼ぶようになった。


 戦の時は曇っていた勝弦峠の空には

冴えわたる晴天が広がっていた。

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